第33話 ムラサキシキブ
「おおっ、芽が出た芽が出た。おにぃ、芽が出たよ。すごいすごい!!」
「まじでか!?」
あれは2月に入ったばかりの寒い朝のこと。ふたりで山道を歩いていて、しらべが見つけたのだ。
「ねぇ、なんか実がなってるみたい。だけどほとんどがしおしおだ」
「ああ、あれか。紫色の実だからムラサキシキブだな」
「なんかエロい小説書いた人?」
「文学作品をエロい言うな。その人の名前を取った樹木だよ。紫色の実がなる木は、日本ではこのムラサキシキブの仲間だけだ」
「へぇ。しおしおでなければキレイな実だよね。花もキレイ?」
「花はピンクだったような気がする。夏ごろにはここで咲いてたはずだが、気がつかなかったのか?」
「暑いの嫌いだもん」
「それとこれとなんの関係が」
「暑いから必死で歩くの。早く家に帰りたいから、景色なんか目に入らない」
「そこまで嫌いかよ。まあ、花は地味で目立たないからな。だが実のほうは有名だ」
「ふぅん。これ、食べられる?」
「鳥は良く食べるが、人間には味がほとんどないらしい」
「鳥が食べるのか。でもこの子たちは食べられてないね?」
「鳥に食べられずに残っちゃったんだな。ここまでしおれると、鳥も狙わなくなるのかな」
「なんか可哀想」
「それも自然の摂理というもの……なにしてんだ」
「ちょっともらっていこうと思って」
「うまくないぞ?」
「食べるんじゃなくて、家で育ててみようと思って」
「そういうことか。発芽率がどのくらいか知らんけど、失敗しても泣くなよ」
「そんなことぐらいで泣くか!」
ってなことがあった日。ネットで調べると、種から育てる方法が書いてあった。
「まず、実を潰して中の種を取り出す」
「むちっとな」
「それを水洗いする」
「このごま粒をどうやって洗えと?」
「小さいもんなぁ。流しに落ちたらもう見つけるのは不可能に近い。あ、そうだ。茶こしを使ってみろよ」
「ああ、そうか。これに入れて。うん、これなら大丈夫っぽい」
「それで水を流しながら手でわさわさする」
「わさわさわさっとな」
「どうだ。紫の部分は取れたか?」
「全然分かりません」
「一度取り出そう。このキッチンタオルの上に並べてみろ」
「えいっ、えいっ。落ちた?」
茶こしをひっくり返して叩いて落とそうとしたのだが。
「水しか落ちてないようだ。まだ茶こしにくっついてるな」
「えいっえいっえいっえいっ」
「無駄だ、止めろ。茶こしの寿命が先に来そうだ。しょうがない、ピンセットで1個1個取り出すか」
「これは大変なものを持って来てしまった感」
「種がここまで小さいとは思わなかったな。ほれ、1個捕まえた」
「あぁ、逃げた!!」
「ほいっとな。また1個捕まえた」
「あああっ、また逃げた」
「どんだけ不器用だよ!!」
「だ、だって、力を入れたらぬるっと逃げてくし、入れなきゃつかめないし」
「ほいっと、また1個な」
「もう、おにぃにまかせた」
「じゃ、お前はこれを丁寧にティッシュで吹いてくれ。まだ紫の実が残ってる」
「このぐらいいいんじゃないの?」
「その実の成分には、発芽を抑制する成分がある、って書いてあったんだ。キレイに取らないと発芽しないと思う」
「そうか。じゃ、上からティッシュ被せてふにふにしてみよう」
「ほれ、また1個な。なかなか大変だ、この作業」
「あれぇ? 種がどっかいった?」
「こらこら。俺の苦労をどうしてくれる……ティッシュのほうにくっついてるんじゃないのか?」
「あ、ほんとだ。私ってなにをやってもダメなやつ」
「いや、そこまで卑下しなくていいが。なんとかならんか?」
「あ、ティッシュにくっついた状態なら手でつまめる。よし! これだ」
そんなこんなを繰り返して種を採取。合計で30粒ほどが取れた。
「土は保水力の高いものがいいらしい」
「腐葉土なら以前に買ったやつがあるけど」
「あれは水はけが良すぎるな。種まき用の土を買ってこよう。ついでに小型スコップと肥料も……分かった分かった。そんなに俺を見つめるな、金ぐらい出してやるよ。全部100鈞にあるだろ」
そうして種まき用の土を鉢に詰めて、上の1センチメートルだけ腐葉土を入れ、そこに種をまいた。
毎日の水やりはしらべの仕事である。そして1ヶ月ほどが過ぎ。
「おおっ、芽が出た芽が出た。すごいすごい!!」
「まじでか!?」
となったのである。妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!
「ちょっと?! 内容とそのセリフがまるであってないんですけど!?」
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