第31話 カイツブリ

「私、思うんだけど」

「なんだ?」

「カルガモにも1匹1匹、個性があるね」


 今日も今日とて、早朝からふたりでカルガモに餌やりです。カルガモたちもすっかりふたりを覚えしまったようで、近づくとのこのこと寄ってくるようになりました。


「ふむ。そういう観察眼は大切だ。例えばどんな風にだ?」

「強欲なやつ」

「強欲?」


「エサを食べてる他のカモをつつくのよ」

「あ、あいつか」

「そんなことしてるヒマに、エサを探して食べれば良いものを、わざわざ他のカモの邪魔をするの。俺のエサを取るんじゃねぇ、と言わんばかり」


「そうだな。そういうことをするのは、あの1羽だけのようだな」

「あ、1羽って数えるんだっけね。そう、あいつよ。気にくわないなー」

「そう言ってもな。集団には必ずそういうのがいる。人間の世界だっているだろ」

「いるけどさ。えいっえいっ。このエサ、ぶつけてやる、えいっ」


「それ、なんの意味もないと思うが」

「当たってもまるで無関心ね」

「エサが軽いからな。むしろ、目の前にエサが飛んできてラッキーって顔をしてるようだ」


「かと思うと、この集団に入れなくて、少し離れたとこでじっとこっちを見ている子もいる」

「いるな。遠巻きに眺めているだけで、食べられるところまでやってこられないぼっちが」


「ああ、なんかイライラする。あの子にもぶつけてやりたい」

「可哀想だから食べさせたいというお前の気持ちは、俺には伝わった。だけどこのエサは軽いんだよなぁ」

「うん、とてもあそこまでとても届かないね」


「さらに遠くには、知らんぷりしている小さい子もいるし」

「あれはカルガモじゃない。カイツブリな」

「カモじゃないのか。なんか良いダシが出そうな名前ね」


「貝じゃねぇよ。万葉の時代から歌に詠まれた鳥だ。あれは肉食だから鯉のエサは食べない。つがいで泳いでいるから、ここで繁殖するつもりのようだな。静かに見守ってあげよう」


「そういえば、やたらと潜る子ね?」

「鳥の仲間では、泳ぎが得意なほうだからな。足の長さは体長の半分くらいあるらしいぞ」

「ほえ?! 足でかおじさん?!」

「なんでおじさんだよ。子供が生まれると、しばらくの間は背中に乗せて泳ぐ姿が見られるらしい」


「なにそれ可愛い!! 見たい見たい、絶対に見たい」

「俺も見たいよ。繁殖がうまく行けば見られるだろう。楽しみにしていような」

「うんうん。ほーれほれ。さぁ、お食べ」


 1日分。約100グラムのエサを10羽程度(日によって変動する)のカルガモに与えると、今日のお散歩は終了である。


 そしてしらべは川に洗濯に。


「行かないって。学校には行くけど」


 じゃあ、おにぃは山に芝刈りに。


「俺も行かねぇよ。3月いっぱい春休みだ」


 大学生なんて、ろくなもんじゃないね。


 いや、それは俺のセリフ!?

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