第29話 しらべの受験

「おにぃ、大変だ大変!」

「どうした、しらべ?」

「コロナウイルスが犬にも感染するんだって」

「そりゃ、するやろ」


「これがほんとの犬ころ」

「やかましいよ」


「ところでお前の受験は大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ?」

「あっけらかんと、良く言えたもんだな」

「だって、受かるに決まってるとこしか受けないもん」


「そういえば、そうだったが、いや、そうじゃないんだ。あぁもう、なんと言ったら良いのやら」

「おにぃらしくないよ。はっきり言いなさいよ」

「緊張とかしないのか?」


「受かるに決まってるのに、なにを緊張しろと?」

「うぅむ。だってお前、私立は受験してないだろ。もしそこで失敗したら、そく高校浪人決定なんだぞ」

「二次選抜ってのもあるけどね。でも、受かるに決まってるのに、なにを緊張しろと?」


「コピペで返事するなよ。誰にだって万が一ってことだってあるだろ?」

「ないよ?」


「……ないの?」

「うん、ない」

「どして?」

「私の人生のオプションに、浪人は用意されていないから」


「……ドヤ顔で言いやがって。お前それ最近読んだ本に書いてあったセリフだろ」

「えへへっ。バレたか。だけど、ほんとに心配なんかしてないもん。むしろ、受験生の中でいかに120番を取るかということに注力しようと思ってる」

「なんで120番?」

「募集人員が240人だから」


「そんなときまで真ん中を狙うんか! お前のその楽観主義が、俺にはうらやましいよ。俺なんか受験前日は、身も凍るほど緊張したというのに」

「おにぃは小心者だからね」


 しらべは滑り止めとなるはずの、学費の高い私立をあえて受験しなかった。家計に気を使ってのことではないと、俺やおとんにはそう言った。


 うちの家計は、それほど切羽詰まっているわけではない。俺の大学(私学)の学費のほうがよほど金がかかっている。高校の受験料ぐらい無理なく捻出できるのだ。


 じゃあしらべは、いったいどうしてそんな選択をしたのか。


「だって、面倒くさいもん」


 ……というのが、本音の理由らしいのだ。


「せっかく期末テストも終わって一番のほほんとできる時期に、なんで受験勉強なんかしなきゃならないのよ」


 ……というのも、本音の理由なのだ。


「学校側には、家の家計の問題であまりお金が使えないから、って言ってあるから心配はいらないよ?」


 そんな心配はしてないというに。妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る