第27話 悩ましい送料

「うぅぅぅぅぅぅ」

「しらべ、なに唸ってんだ?」


「送料」

「はい?」

「送料を入れてどこが一番安いのかって、検討しているの」


「また業務スーパーか」

「うぅん。今日はグラインダーってやつ」

「なんだそれ?」


「おとんがね、石を削りたいから買ってくれって」

「なんで石を削る必要が? 自分の墓碑でも彫るつもりか?」

「私が大学を出るまで殺しちゃダメ!」

「お前が大学出たら死んでもいいみたいな発言やめろ」


「拾った石をクリーニングしたいんだって。すぐ飽きるくせに多趣味なんだから、あのおっさんは」

「親父を捕まえておっさん言うな」


「それより、このグラインダーなんだけどさ」

「ほぉ、型番まで指定されてるのか」

「うん、それはおとんが指定したから選ぶのは簡単なのだけど、どこが一番安いのか、なかなか分からなくてイライラしてるうぅぅぅぅぅぅ」


「お前はイライラすると唸るんかい」

「もう送料ぐらい統一しておいてよ、って話なの」


「ああ、楽天ショップか。送料はいろいろ問題になってんな」

「そうなの?」


「一定金額を買ったら送料を無料にすると、楽天は提案したんだが」

「楽天が楽天に提案した???」


「そういう返事が来るか。ということは、お前はAmazonと楽天の区別がついてないな」

「つ、ついてるよ?」


「どう違うか説明できるか?」

「楽天にはマー君がいるけど、Amazonにはアナコンダがいる」

「……」


「ツッコめよ!!」

「ツッコみどころが多過ぎて、どこをどうツッコんだら良いものか分からなかったんだよ」


「ボケを放置するとか、何年私のおにぃをやってるのかと」

「それなら、もっとツッコみやすいボケにしろよ。簡単に言うとだな」

「ほんとに簡単だろうね?」


「警戒するな。簡単に言うと、楽天は商店街だ」

「お店が並んでて、アーケードがあるような?」

「そう、そんな感じ。だけど、Amazonはなんでも取り扱うホームセンターのようなものだ」


「ドンキホーテのようなもの?」

「まあそれに近いかな。そういう違いがある。だから楽天は個々の店が送料も商品値段も決めている。それが問題になってるんだ」


「そんなの、カラスの勝手でしょ?」

「カラスじゃないけどな。そうはいかない。楽天に参加する以上は楽天の意向は絶対だ。それらの商店に、楽天が送料無料を提案したということだ」


「それで、どうなったの?」

「独禁法違反で商店側が訴えたらしい」

「ほぇ?」

「立ち入り検査までしたようだが、どうやら無罪放免になりそうだ」


「買う側にしたら、送料タダのほうが良いに決まってるもんね」

「ライバルのAmazonはほとんどタダだもんな。おかげでユーザーがAmazonにずいぶん流れているらしい。それを取り返したいのだろうな」


「私もいま、そうしようと思ってた」

「あの訴えはそもそも無理がある。楽天に苦情があるなら、そこから出れば良いだけのことだ。そこにはふたつの問題が隠れている」


「また、長くなるん?」

「お前がボケなければ早く終わるぞ?」


「……分かった。我慢する」

「屁みたいに言うな。まず前提として、楽天のショップはおおむねロイヤリティ契約をしている」

「ろいやりてぃ?」

「売り上げの一定率を楽天に支払うって契約のこと」


「そりゃ、楽天というブランドを使って商売するんだから、そのぐらいは払って当然よね?」

「……驚いた。お前にしてはなんと真っ当なことを!?」

「そこれは驚くとこじゃないっての」


「問題は、ロイヤリティが商品の売り上げにかかることで発生するんだ」

「それは当たり前じゃないの?」


「当たり前だが、通販の場合は送料ってものがあるだろ?」

「あるね」


「例えば。5,000円のグラインダーがあったとする」

「おとんの注文品じゃん」

「それを検索して値段でソートすると、一番安いものが最初に出るだろ?」


「そう、出た。だけど送料がいろいろで」

「それが問題のひとつ。店としては、最初に出てきたほうが買ってもらえる確率が高くなる」

「もちろんそのつもりで検索しているものね」


「だから商品の値段を下げて、最初に自分の店が出るようにしたい」

「それも当然の努力……あれ? ちょっと待ってよ」

「見えて来ただろ?」


「えっと。商品をうんと安くして、送料を高くして儲けようってこと!?」

「その通り。それがひとつ目の問題だ」

「大人って汚い」


「大人言うな。ずいぶん前からそれは問題になってるんだ。だから、最近では送料も同時に表示されるようになってはいる」

「そう出ている。だけど、それじゃダメなのよ」


「その通り。店によっては、7,000円以上ならタダ、5,000円なら500円……なんて区切りがあったりする。業務スーパーは8,000円でタダだったな」


「4,000円買うと送料500円ぐらいで、2,000円だと700円だっけ? となるけど、そんなのどこに書いてあるのやら」

「そうすると、客としては最後の『注文を確定する』までいかないと送料が分からない。それはそこはとなく面倒だ」


「その通り!! おにぃ、分かってらっしゃる。それが嫌なのよ。そこでキャンセルしても買い物かごに入ったままになってることもあるし、それまでの苦労が無駄になるし」


「お前にも苦労かけるのぉ」

「おじいしゃんや、それは言いっこなしじゃよ」


「いちいちそんな面倒な値段比較をするぐらいなら」

「おじいしゃんや。Amazonで買いましょうかの」

「となるわけだ」

「なるのう」


「おばあさんキャラが気に入ったようだな」

「面倒なんで戻すけど、それで客が逃げているというのは分かった」


「業務スーパーは冷凍だから、送料が高いのは仕方ない。だが、普通の運送屋を使うくせに、送料をバカ高く設定している店がある」

「あった、あった。ふざけてんのかと思った」


「さっきの5,000円のグラインダーを例にとると、4,500円で店頭に並べ、送料を850円にすると計5,350円となる」

「うわ、ひどい」

「真っ当に5,000円で出して送料無料にすると5,000円となる」

「うん、そういうのがいいね」


「だが、実際には5,350円の店のほうが良く売れているという現実があるんだ」

「そんなの買うなよなぁ」


「気づいてないか、面倒で買ってしまうのか。どちらかは分からんがそういうことになるから、どの店もマネをするようになってしまった」


「真っ当な店はどこいった」

「送料無料化は、そういう商売を許さない、という意思表示だ」

「それはぜひ、そうしてもらいたいものだね」


「それに送料だが、だいたいの店は取り引き量に応じて運送屋と契約を結んでいる。通常便なら1個250円とか300円が普通だ」

「それを850円とか、ぼったくりもいいとこね」


「そうやって儲けている店があるという問題がひとつ目。客としての問題はそれだけが、楽天と商店との間にはもうひとつ、問題がある」

「まだあるん?」

「さっきロイヤリティって言っただろ?」


「うん、言ってたね」

「ロイヤリティは売り上げに対して支払う、とも言ったよな」

「うんうん」


「では、問題です。5,000円の商品と4,500円の商品とでは、ロイヤリティはどちらがたくさん払うことになるでしょうか?」

「そんなもん5,000円に決まってまんがな」


「その通り。楽天が赤字転落した原因の一因がそれだ」

「え? あっ!! そういうことか!」


「店とすれば、支払いは少ないほうがいい。だから商品の値段を下げて、送料で儲けるというビジネスモデルを構築したんだ」

「楽天は困っちゃうわけだね」


「そうだ。つまり送料無料化は、楽天の経営側と俺たちユーザー側の両方にメリットのある話なんだ」

「それはぜひやってもらいたいものだね」


「反対しているのは、そういうコスイ……ずるい商売を続けてきた商店だ。そういうとこは楽天ショップから離れることになるだろうな」

「コスイをずるいと言い換えた理由が不明だけど、そう願いたいものだね」


「ところで、さっき言いかけた5,000円のグラインダーだが」

「うん、もうAmazonで買おうかと」

「ドンキでたまに安売りしていることがあるんだが、型番はそれしかダメなんだろうか?」


「それはどうかな? 使えるなら良いかも知れない。おにぃ、見てきてよ」

「なんで俺?!」

「言いだしっぺでしょ。貝より走れよ、って言うじゃない」

「それを言うなら、塊より始めよだ」

「うん、だから行ってきて。私はネトゲして待ってるから」


 しまった、余計なことを言って、余計な仕事を増やしてしまった。妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!!

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