第22話話 山登り

「ひぃひぃいぃ」

「ぜぇぜぇひぃ」


 ふたりで山を登っているという心理描写である。


「どこが。心理。描写、なの、よ!」


 しらべのツッコみにもキレがない。そもそもお前はボケ担当だろ。


 今日は土曜で学校はお休み。俺も休み。気温が低く快晴なのでさぞや景色が良いだろうと、近所では有名な登山スポットに行くことにしたのである。


「ひぃひぃいぃ」

「ぜぇぜぇひぃ」


 で、このざまである。


「ちょっと、一休みするぞ、しらべ」

「お、おう、ぜぇ」


「この山、意外ときつかったな」

「まあ、登山に対する心構えの問題として、この程度の苦労は買ってでもしろと」

「それは登山と関係ねぇよ。それに、登山といったって」


 岐阜の美濃地方にある明王山・標高380メートル。


「たった380メートル?!」


 である。


「そんなとこに1時間以上もかけて登っている私たちって」

「コースタイムは40分って書いてあった。この山に登っている人の中では確実に最下層だな」


「こんなにかかるとは思わなかったね。先にエサをあげておいて良かった」


 例のカルガモへの餌やりである。このところの日課となっている。それを済ませてから登ったのは正解であった。


「そっちを後回しにしたら、お昼過ぎになっちゃうとこだったね」

「そんなにはかからんだろ」

「いや、疲れて家でお昼寝するから」

「それ、夕方まで寝ているフラグだろ」


「じゃ、そろそろ行くぞ」

「ひぃ」


 そしてやっと着いたのが。


「着いたぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うん、着いたな。稜線に」

「着いた……え? 稜線って何? ここが頂上じゃないの?」

「ここからはなにも見えないだろ。しばらく稜線を歩いて、そこから頂上までもうひとのぼり必要だ」


「うげぇぇ。まだ登るのかぁ」

「でも9割はもう来たから、あとちょっとだ。頑張ろう」

「分かった。でも、あれだねおにぃ」

「なんだ?」


「ひとのぼり、なんて言うと力士の名前みたい」

「あはははは」

「前頭3枚目ひとのぼり。北海道出身カニカニ部屋所属、とか」

「なんでカニだよ」

「北海道といえばカニかなって」

「岐阜県出身だったら?」

「岐阜県出身、富有柿部屋?」

「名産品の紹介乙である」


 ってなことを言っているうちに頂上である。


「着いたぁぁぁぁぁ!!!」

「それ、さっきやったけど」

「今度はほんとに着いたからやり直してるの」

「それにしても、すごいなここ……」


 景観の良い山というのはいくらでもありますが、明王山は別格です。視界を遮るものがほとんどなく、ほぼ360度が見渡せるのです。380メートル程度の低山で、このパノラマ光景は奇跡的ともいえそうです。


「なんか大げさなナレーションが入ってるが、しかし、これは素晴らしいな」

「苦労して登ったかいがあったよね」

「しらべ、双眼鏡で見てみろ。あれが御嶽山だ」

「あのひときわ高い山だね。どれどれ」


 単独峰では富士山に次ぐ日本第2位の高さがあります。3067メートル。


「まだ少し噴煙が上がってるな」

「あ、ほんとだ。あれって、もしかして?」

「そう、2014年の9月に噴火を起こした噴煙がまだ出てるんだ」

「ほぇぇぇ。さすが手ぶれ防止機能付きのこの双眼鏡。良く見えるよ」


「なぁ、その双眼鏡そろそろ返してくれてもいいんじゃね?」

「ねぇ、御岳の左奥に見える雪をかぶった山はなに?」

「えっと、この案内板によると乗鞍岳っぽいな。7倍だと良く見えないんだが」


「あ、左のほうにも大きな山があるね」

「あれは、有名な伊吹山だ。返す気はないのか」

「ないよ。ああ、あの伊吹おろしの製造元ね」

「あっさりないって言った?! 作ってるわけじゃないが」


「さすが日本の物作りはすごい」

「だから作ってはいないと」


 伊吹おろし。冬になると伊吹山から吹いてくる季節風です。これがまた、寒いのなんのって。


「あれ。その手前になんかお城のようなものが」

「お前はこの地方に住んでるんだから、それぐらい分かれよ。あれは金華山。建っているのは岐阜城だ」

「おおっ。そうだったのか!? あれが、信長さんのお城!」


「高いところから城を見ることなんてないから新鮮だろ。城なら南にもあるぞ」

「そうなの? どれどれ」

「木曽川にかかっている橋のすぐ横だ」

「えっと、あ、なんか小さな山があるね。あっ、ほんとんだ!? あれはなに城?」


「あれは犬山城。日本に5つしかない国宝の天守閣だ」

「犬山城かぁ。何度も行ったことがあるのに、こうして見ると分からないものね」


「もう少し南に視線を移すと、もうひとつの城が見えるぞ」

「もう、どんだけ城があるのよ、ここ」

「城は日本中にあるからな。分かったか?」


「なんかでっかいビル群がある」

「行きすぎだ。それは名駅のツインタワーとその周辺だ。もっと手前」

「もっと手前か……あれ、あれかな? あれもお城なの?」


「正確にはお城風に作った歴史観だ。小牧山だよ」

「おおっ。なんか歴史で習った名前がポンポン出てくるね、ここってすげー」

「そこで感心するんかよ」


「ついでに東にはなにがあるの?」

「東は恵那山が見えるな」

「ほんとに360度見えるんだね、ここってすげー」

「そこでも感心するんかよ」


「一度では覚えられないから、また来ようね。今度はカメラを持ってこよう」


 連れて行ったところに、また来たいと言ってくれるのは、兄としては嬉しい限りである。


 妹なんて、ろくなもんじゃねぇ。


「この話の流れでどうしてそうなるのよ。違くない?」

「決まり文句だから、気にするな」

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