第21話 野鳥へのエサやり

 俺の双眼鏡を強奪して以来、しらべが鳥見にはまったようで、俺たちは毎朝学校に行く前に鳥見散歩をするようになった。じつに健康的な睡眠不足である、ふわぁぁぁあ。



「ぽいぽい、と。こっちにもぽいぽい」

「カモのエサを買ったのか」

「ううん、これは鯉のエサ」


 しらべがぽいぽい投げているのは、カルガモにあげるためのエサである。めずらしく自分でお金を出したと思ったら、しっかり俺のアカウントで買ってやがった。こんにゃろめ。


「カモにやるんだから、カモのエサを買えよ」

「去年はカモのエサを買ったよ?」

「そうだったのか?」

「うん。おにぃにはバレなかったようだけど」


「なんでいまバラした?!」

「もう時効だもん」

「時効なんかねぇよ」


「いいじゃないの、ほら、鳥たちが喜んで食べてる」

「いやそれは鯉のエサ……去年買ったのはどうしたんだ?」

「今年見たらカビが生えてた……」

「おおぅ。それは保存が悪かったようだな」


「でも、去年買ったカモのエサは水に浮かなかったのよ」

「そうなのか?」

「エサをまこうとするとカモは寄って来るんだけど、すぐに沈んじゃうとエサとは思ってくれなくて、怒って遠くに行っちゃう」


「怒ってるかどうかは知らんけど」

「エサでもないものを、もっともらしく投げるんじゃないわよ! って言ったよ。エサなのに」

「そんな *1とりのなん子さんみたいな」


*1『とりぱん』の作者さんです。


「沈んだやつは鯉が食べてたけどね」

「なんじゃそりゃ。肝心のカモには食べてもらえなかったのか」

「500グラム買っただけなんだけど、ほとんど残っちゃって」

「今年になって見たらカビてたと」

「そう、いまココ」


「で、今年はなんで鯉のエサだったんだ?!」

「沈んだらダメだと思って、浮上性のものを探したのよ。そしたらこれしかなかったの」


「ほほぉ。鯉のエサは浮上性なのか。不思議なこともあるものだ」

「そうなの。これだとカルガモさんたちは喜んで食べてくれるのよ」


「つまり、なんだ。カモのエサは鯉が食べて、鯉のエサはカモが食べると」

「なんか世の中の不合理を感じるこの頃です」

「中学生が言うセリフじゃねぇよ。だけど、分からんでもないな」

「でしょ」


 その帰り道。


「あ、そうだ。カモが食べるぐらいだから、他の鳥だって食べるよね?」

「その鯉のエサは、雑食性の鳥ならカモに限らず食べるだろうな」


「ちょっと、ここに置いておこう」

「え、そこに?」


 ここは池の周りに作られた散歩道。たまに(週1ぐらい)掃除担当のおじさんが来るだけで、ほとんど人が通らない場所である。そこの柵の目立つところにしらべはエサを10個ほど置いた。


「あんなとこ、鳥が見つけるかな?」

「さぁ? ダメだったら明日回収する」

「それなら、良いだろう。楽しみにしていよう」


 そして明日の朝。


「ああっ、なくなってる! 食べたんだ」

「ほんとだ。分かり難い色(灰色)なのによく見つけるものだな」

「さすが私が置いただけのことはあるね」

「なんでお前の功績になってんだよ」


「じゃ、今日もちょっとだけ置いておこう」

「それじゃしらべ。ひとつだけ言っておきたいことがある」


「人生は川なんかじゃない、沼だ?」

「誰が *2藤岡藤巻の話をしてるんだよ。そうじゃなくて、エサを置くのなら毎日必ず置かないといけない、って話だ」

「え? 毎日? どうして?」


*2 『息子よ』というコミックソングです。


「鳥はここに来ればエサがあると認識する」

「だよね」

「そのとき、エサがなかったらどうするだろ?」

「他のエサを探しに行くでしょ?」


「探しに行くだけの体力が残っていればな」

「そ、そんなことぐらい……」

「なにかの理由でエサがとれなくて、そしてここのことを思い出した。そうだ、あそこにはいつもおいしいエサがあったっけな。最後の頼みの綱だ……だけど来たらそれがない。どうしたんだろう? いつもならここに……と探しているうちに死んでしまうかも知れない」


「そそそ、そんな妄想話をされても」

「妄想には違いないが、鳥ってのは俺たちが思うよりずっと脆弱な生き物なんだ。1日食べなければ死んじゃうぐらいには」

「水だけあってもダメなの?」


「人間……というか哺乳類とは違うんだ」

「そうなの?」

「鳥は空を飛ぶという異能を身に付けるために、あらゆるものを犠牲にしている」


「犠牲?」

「鳥で内臓と呼べるのは胃ぐらいなものだ。大腸も小腸もない」

「ほえっ?!」

「身体を軽くするために、膵臓も膀胱さえもない」

「おしっこできないじゃん!?」

「フンと一緒に出すんだよ。だから鳥のフンは水っぽいんだ」


「苦労してるんだね」

「それもすべて身体を軽くするためなんだ。そのために食べたものをろくに消化できずに排出しちゃう。だから鳥は大食漢なんだ。常に食べていないと生きて行けない生き物なんだ」

「カルガモにエサをあげると、必死で食べてるのはそのせいか」


「それは性格かも知れないが、そういう鳥のためにエサをやるなら責任を持ってやれ、という話」

「う、うん。分かった。毎日ここに来るよ。それならこのエサ、もっとたくさん買っておかなきゃね。おにぃのアカウントで」

「俺の金を使うんかよ!!」


 妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!!!



 ちなみに、野鳥へのエサやりは冬場だけです。夏は食べ物が豊富にありますし、腐りやすいので環境負荷を増やすことになります。

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