第17話 双眼鏡の悲劇

「おにぃ、ご機嫌ね」

「心が、ぴょんぴょんしとる」


「どこのごちうさよ。私は見られなかったというのに、自分だけ楽しそうにして」

「それはお前が未熟だから仕方ない、ん? どうした、何を見てる?」


「その双眼鏡って、最新式なんだよね」

「ん? ああ、そうだよ。いやぁ可愛かったなぁ。お前にも見せてやりたかったな」


「それって、私のよりちょっとだけ倍率が高いんだよね」

「ん、あ、そう。10倍だし新しいせいか視界もくっきりだ。あの鳥は青だけじゃないんだ。羽根と胴の境目にはオレンジの配色もあってな」


「軽かったりする?」

「あ? ああ、これは600グラムぐらいだから軽い方だろうな。お前のは7倍だが古いから850グラムぐらいあったはずだ。いやぁ、思い出しても可愛いな、ルリビタキちゃん萌え」


「ちょっとそれ、見せてもらってもいい?」

「あ? ああ、いいよ、ほれ。エナガより尾が短くてな、ちんちくりんな感じがまた可愛いんだよなぁ」


「あーほんとだ、これ軽いね」

「無理して買っておいてよかったよ。こいつのおかげで、あんなにくっきり見ることができた」

「ふぅん。それで倍率は低いは重いわ、という双眼鏡を私にくれたのね」


「あげてないあげてない。お前が強引に持っていったんだ。それだって俺は5年は使ったんだぞ」

「あぁ、これ、フォーカスリングが柔らかくて動かしやすいね。なんかレンズも明るい気がする」


「っておい。なんで接眼レンズの調整までやってんだよ。それは俺んだぞ」


 おにぃにもらった双眼鏡は、毎日のようにいじっている。接眼レンズの調整(視度と言うらしい)だって、自分でできるようになったのだ。


 まず見つけやすいものを対象にして双眼鏡をのぞく。まずは対物レンズ(双眼鏡の先端にあるレンズ)の調整からだ。


 フォーカスリング(本体の真ん中にある)を回して合わせる。だいたい合ったら、右目をつぶって左目だけで対象を見る。

 するとピントがずれる。でもそれが普通だ。その状態で、もう一度フォーカスリングを回してピントを合わせる。今度はしっかりね。


 そこまでいったら次は接眼レンズの調整だ。人の視力は右目と左目で違うのが普通である。それを合致させるのが、接眼レンズの調整である。


 接眼レンズのリングは右目側にしかない。だから次に、左目をつぶって右目だけで見る。するとピントがずれているのが分かる。これが視度があってない状態である。


 そこで、接眼レンズについているリングを回して焦点を合わせるのだ。フォーカスリングと違って、こちらはかなり硬くて回しにくい。これは一度調整してしまうと動かす必要はないので硬くしてあるのだ。すぐ動くようでは困るしね。


「しらべ。お前、そういうとこはちゃんと勉強してるんだな」


 それを2回繰り返す(2回目は微調整)と、視度調整の終了である。これでこの双眼鏡は、ほぼその人だけのものとなる。


 これをやらないと、双眼鏡酔いの症状が出る人がいるので気をつけてね。


「おにぃ。これは良いものだ」

「良いだろ、むふふふ」


 むふふなんて言っていられるのはいまのうちだけよ?


「ピント調整が簡単で、なにより画像が止まるってすごい!」

「そうだろ、そうだろ。視野はどうしても犠牲になるが、それは技量でカバーするんだ。軽いしイメージスタビライザーの機能がすごいだろ」


「うん。絵がすっごいはっきり見える。これならさっきのも見つけられたかもしれないなぁ」

「レンズも明るいからそうかもしれな……ん? ちょ、ちょっと待て。お前まさか」


「私、これにする」

「これにする、じゃねぇよ。それは俺のだって」

「だって、こっちのほうが初心者向けじゃない?」


「うん、まあ、それはそう……いや、そんなことはない!」

「今までのは重いしフォーカスリングは固いし古いし倍率低いし」

「おいおいおい」

「私、間違ったこと言ってないよね?」

「言ってない……けどな。だけどお前」


「これなら軽くて扱いやすい。初心者の私に丁度いい双眼鏡じゃない? 間違ってないでしょ」

「いや、発言は間違ってないけど、行動が間違ってる。俺の買ったばかりの双眼鏡を取らないで!!」


「しばらくこれを貸してよ」

「うぐぁっ。俺の、俺の64,820円……」

「いちいち半端まで覚えてなくてよろしい。じゃ、そゆことで」


 そんなわけで、キャノン製10×30ISⅡ型プリズム双眼鏡コンパクトタイプが私のものになったのだ。みんなも買うときには参考にしてね♪


 い、いも、妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!!!!!!


「いつもより!が多いね」

「お前のせいじゃぁぁぁぁ!!」

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