第16話 双眼鏡を買う

「ふっふっふ。妹よ、これを見るがいい」

「なに……ああっ、新しい双眼鏡じゃない。私にくれるやつ?」

「ちげーよ! お前が俺のを取ったからお年玉で買ったんだよ」


「じゃ、それとこれを交換してあげる」

「しねーよ! これはちょっとすごいんだぞ。なにしろイメージスタビラザーってのが装備されてるんだ」


「いめーじずんだもちが、どうしたって?」

「無理して知ってる言葉に変換するな。手ぶれ防止機能だよ」

「なんだ、そんなものしっかり持てばいいじゃないの」


「人が手ぶれしないで持てるのは、8倍が限界だと言われている」

「私のは7倍だよね」

「それがこれは10倍のレンズがついてるんだ、わはははは。すごいだろ、ひれ伏すが良い」

「けっ。そんなもの、視野が狭くなって鳥が見つけられなくなるだけだよーだ」


 鳥を見つけるのに、視野の狭さは致命的です。しかし、良く観察するには倍率は高いほうがいい。鳥見人がずっと抱えてきたジレンマです。


「そ、それはその通りかもしれないんだが」

「だから、私のと交換してあげるって」

「だからしねぇよ! 俺にお古を寄こすな。これには、今年のお年玉を全部つぎ込んだ上に貯金まで使ったんだからな」


 そしてさっそくそれを持って鳥見に行くふたりである。


「あ、スズメだ」

「お前は、それだけは覚えたんだな……いや、待てしらべ。違うぞ」


「え? スズメでしょ?」

「いや、ちょっと待て。あんな色がスズメなわけが……手ぶれ補正を起動すると……おおっ!!!」


「なんだ、どうした?」

「しらべしらべ、そらしらべ」

「そーどー」


「違う! それはシラミだ」

「おにぃが振ったんでしょうに」


(注:シラミ騒動:さだまさし作。歌詞がそのまま音階になるという意欲作である)


「それはともかくだ」

「なにをそんなに感動してんの?」

「俺は初めて見た」

「なにを?」


「ほれ、あのガードレールの上と地面を行ったり来たりしている鳥」

「さっきのスズメでしょ? あ、位置が動いてるなぁ。どれどれ。うぅむ、どこだどこだ。良く分からん。えっと、ピントがこれで」


「まだ双眼鏡に慣れてな……あっ、行っちゃった」

「なんか飛んだのは見えた。なんだったの?」

「ルリビタキのオスだ」


「ルリビタキ?」

「そう、幸せの青い鳥だよ。鳥見を始めた人が、真っ先に見たがる鳥ベスト3に入るという超人気の鳥だ」

「あぁん、そんなすごい子だったの?! どこ行った、どこ行った、どこ行った。帰ってこぉぉい」


「せっかく出てきてくれたのに、見逃しおって」

「もっと早く教えろよなぁ」

「お前がスズメと間違うからだろ。もっと早く気付けば良かったんだよ」


「だって、あのサイズならスズメかと思うじゃん」

「ちゃんと観察してから判断しろよ。あぁ。可愛かったなぁ。ルリビタキってあんなに可愛いんだ。俺は猛烈に感動している」


「スズメだと思って適当に見てたら、大損こいた気分」

「間違いなく大損したな。しかしそれは未熟なお前が悪い」

「そっちの双眼鏡ならきっと見えたね」


「いやぁ、ほんと可愛かった。あれこそ幸せの青い鳥だなぁ。今日は良い日だ」

「私は見えなかったんだけど」

「一応、飛んでく姿は見えただろ?」

「双眼鏡で捉えてないもん」

「それは、未熟なおまえが悪い」


「うぅぅぅぅぅ」

「たいそうご不満な様子で」

「当たり前よ!」

「仕方ないだろ 早くうまくなれよ、ってか双眼鏡に慣れろ。話はそれからだ」


 あの双眼鏡、奪ってやる。


 い、妹なんてろくなもんじゃねぇ、ってか怖い!?

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