第15話 向かい風

「おにぃ。鳥ってね、風の吹いてくる方向に飛び立つんだって」

「そりゃそうだ。そのほうが揚力を得やすいからな。小鳥ほどそういう傾向が強いだろう。飛行機だって傾向は同じだ。それがどうかしたか?」


「えっとね。だから鳥を見るときは、風上から近づくようにするといいって」

「ということが、なにかの本に書いてありました?」


「そうなの。バードウオッチング入門って本」

「そんなもん、燃やしてしまえ」

「ちょ、ちょっと待って。図書館で借りてきた本なのに、燃やしたら大変なことに」


「まったく。初心者相手だと思って適当なことを書いてやがるな」

「どうして? 自分のほうに向かって飛び立つから、見つけやすいってことじゃないの? 鳥としては逃げにくい方向でしょ?」


「著者はそういうつもりで書いてるんだろうな」

「それならいいじゃないの。燃やさなくても」

「燃やせと言ったのは言葉の綾だ。風上から鳥に近づけとか、そんなことできるわけないだろって話だ」


「綾というよりボヤだったけど。でもどうして? 風向きぐらい分かるでしょ?」

「うまいこと言ったか?! 森の中は風が舞っているから、方向なんか一定じゃない。だがそれよりももっと大きな問題がある」


「なに?」

「人が歩くのは道だ」

「当たり前じゃない」

「でも、鳥はそんなこと斟酌しない」


「まま、ご一献、ぐぐぐいっとな」

「それはお酌な。菊川の鬼ころしがあったら一杯ごぉぉぉん」

「あんたはまだ未成年だって自覚持ちなさいよ!」


 飲酒は20才を過ぎてから。


「痛たたたた。いま、注ごうとしたのはお前じゃないか」

「お酌をしても罪にはならない。私は」

「俺はいいのかよ。それより、そもそも無理なんだよ、風向きに合わせて鳥見をするなんてことが」


「どうして?」

「この間、山歩きしたときに鳥を見ただろ」

「うん、スズメとか見た」

「道が1本しかないのに、どうやって風上に回れと」


「えっと。それは迂回してなんとか」

「道が1本しかないのに、どうやって迂回しろと」

「できるわけないだろが!!」


「逆ギレすんな。そうだろ、できるわけないんだ」

「そうか、だから適当なことなのか」


「鳥の写真を専門で撮ってる人なら、そのテクニックは必要かも知れないが、初心者に言うべきことじゃない」

「なるほどね。それじゃ、こんな本、燃やしてしまおう」

「それ、なんてとある図書の焚書目録?!」


 できもしないことが、初心者向けの本には良く書いてあります。お気をつけください。


「いつものろくなもんじゃねぇ! がないけどいいの?」

「ま、まあ。たまには、な?」

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