第13話 しらべの失態
「うわぁぁぁぁぁぁん」
これは去年の4月のことである。始業式から帰って来たしらべが、いきなり号泣し始めたのだ。ちなみに俺はまだ冬休みが続いていた。大学生万歳である。
「それで追試さえなきゃね」
「やかましいわ! たったいま泣いてたんじゃないのかよ」
「あ、そうだった。わぁぁぁぁん」
「嘘泣きはいいから、理由を言え、理由を。聞いてもらいたいことがあるんだろ?」
「う、うん。実はね」
まったく泣き顔だけは可愛いんだから。思わず同情してしまったじゃないか。しかし話を聞いたら……。
「あのね、今日から私が放送委員長代理なの」
「そうだったな」
「今日は始業式だけだから、半日で終わって放送室で部員とおしゃべりしてた」
「放送室をそういうことに使……ってたけどな、俺のときも」
「そしたら、物理の先生が飛び込んで来て」
「まあ、良くあることだ。放送依頼だろ?」
「うん、そう。それでメモを渡されて」
「ふんふん」
<2年B組の吉川(生徒である)。至急、体育館の河井(先生である)のところまで来るように>
「って」
「まあ、普通の内容だな。原稿があれば放送するのも楽だろ。それでどうした?」
「そうなの、良くある内容なの。だから私は委員長代行として、1年生に経験を積ませようとして指示したの。あんたが読みなさいって」
「……自分でやるのが嫌だった、とかじゃないのか?」
「そしたらその子がね」
「スルーしたのは図星だからだよな?」
「こう放送したの。うるさいよ」
「いや、うるさいよって放送する人間はいないと思うが」
<ぴんぽんぱんぽーん。連絡します。2年B組の吉川君。2年B組の吉川君。至急、体育館の河井のところまで来るように ぴんぽんぱんぽーん>
「って」
「こらこらこら。生徒の吉川には君で。河井先生は呼び捨てかよ」
「それに、来るように、だってまずいでしょ」
「あ、そうか。行ってください、だよな。まだ経験が浅い子だったのか?」
「うん、私は知らなかったけど、そうだったらしい。でね。普通は同じことを2回繰り返して放送するんだけど、これはまずいと思って、責任感の強い私は急遽交代したの」
「責任感が強ければ最初から自分でやるんじゃないのか?」
「でね。読むと同じことになりそうだったから、内容を記憶して放送したの」
「またスルーかよ。だが、それは賢明な処置だな」
<ぴんぽんぱんぽーん>
「それ、毎回入れないとダメなん?」
「いいから黙って聞く!」
<ぴんぽんぱんぽーん。連絡します。2年B組の体育館さん。2年B組の体育館さん。至急河井先生のところに吉川く…… あれぇ? ぴんぽんぱんぽーん>
「って」
「わははははははははは」
笑い転げたのであった。(11行目あたりからの続きである)
「私はそこで崩れ落ちたのよ! 笑うとこじゃない!」
「いや、だって。おま。わははははははは」
「私は大恥をかいたのよ! 放送室にいたみんなは転げ回るし」
「ひぃひぃひぃ、ふぅふぅふぅ、ひぃ」
「ラマーズ法やってる場合か!」
「やってない。だ、だって、そんなわははははは。どこ、どこにいるんだ、体育館さんってわははははは、なにものだはははは」
「くぅ」
「どうやって体育館さんが、河井先生のとこに行くのきゃはははははは」
「笑うなっての」
「だって、だってあはははは。体育館が歩いて河井先生のとこに行く絵が浮かんでぎゃははははは、くるしー。しかも河井先生のところに吉川って意味がわからにゃはははははは、たすけてぐでははは」
「もう、怒るよ!」
「ぴんぽんぱんぽーんでダメ押しまでして、ぎゃはははは、ひぃぃーーく、苦しい。だははははぁはぁ、お、おい。しらべ」
「な、なによ! 私は怒って……ふが?」
思い切りハグしてやった。こんな可愛いやつは他にはいない。俺はこいつの兄で良かった。
ネタ的な意味で。
「うぅ、くっ、くっくくくく」
「私の身体を使って、笑いを押し殺すな!」
いも、いもう、妹なんて、くくくくくっ、ろっく、ろくでもくっ、なもんじゃぎゃはははははは、ないぃぃ!!!
そのとき俺の目の前には、少し震える手で握りこぶしを固めるしらべの姿があった。
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