第11話 グリンピース

「おにぃ、これあげる」

「なんだ、食べないのか?」

「これはベータカロチンが豊富で、活性酸素を抑える効果があるのよ。食物繊維も多くて動脈硬化や心筋ここここここ痛いなもう!」


 耳をひっぱってやった。


「言い訳に理屈を使うな。単にグリンピースを食べたくないために、そこまで学習した努力は認めよう。だが、グリンピースは俺も嫌いだ!」

「……威張っていうことじゃないよね?」


「まあ、それはそうなんだが」

「これ健康に良いらしいよ。どんどん食べなよ。ほらほれほれほら」

「お前の分まで俺に寄こすな!!」


 俺たちは、お昼にファミレスでランチをしている。俺はハンバーグ定食で、しらべはオムライスだ。付け合わせに出たサラダが、ニンジンとグリンピースだった。しらべはグリンピースが食べられないらしい。


「俺は嫌々なんとか食べたんだ。お前も頑張れ」

「ううぅぅう。ニンジンはなんとかなるけど、グリンピースとは結婚できない」

「せんでいい。まあ、嫌なら残しなよ」


「だけど健康に良いらしいよ?」

「それなら自分で食えよ!」

「ううぅぅう。ニンジンはなんとかなるけど、グリンピースとは政略結婚できない」


「だからせんでいいとあれほど……さっきと少しだけセリフが変わったな?」

「おにぃ、食べなよ。健康に良いよ?」


「お前は根本的に勘違いをしている」

「なにを?」

「健康に良い食べ物も悪い食べ物も、この世には存在しない」


「いやいやいや、そんなことないでしょ」

「ある。その量が多すぎるか少なすぎるか。あるのはそれだけだ。過剰に摂った栄養も、少なすぎる栄養も健康を損なうだろ?」


「じゃあ、石は少しなら健康に良いの?」

「石は食べ物じゃないだろ」

「あ、そうか」

「まあ、微量成分でミネラルってのは必要だけどな」


「で、問題はこのグリンピースなんだけど」

「残せばいい。それは仕方のないことだ」

「なんか損した気になるんだよなぁ」


「貧乏性かよ。ベータカロチンなんかニンジンにもたっぷり含まれている。唐辛子やホウレンソウにも多い。無理して嫌いな食べ物で摂る必要はないんだ」

「自分が食べられないものだから、言い訳してるんじゃ?」


「いや、これは俺の持論だ。お前のように未熟な体型……若いうちにはまだ免疫も体力も充分に育っていない」

「私の胸を見ながら言ってない?」


「そ、そんなことないんだからね? ともかく、子供のうちはえぐみとか苦み、酸味の多いものが食べられないのが普通なんだよ。間違っても食べないようにできているんだ。わざわざそれを騙す必要なんかない」


「酸っぱいのはなんとかなるよ」

「個人差はあるさ。そういうものは、基本的に毒の成分なんだ」

「げっ。梅干し好きなのに、あれも毒だったの?! 私、死んじゃうの?」


「死なないって。毒と薬は紙一重だ。それも量の問題なんだよ。少しなら薬だが、たくさん摂れば毒になる。そういうものを間違って食べたりしないように忌避する能力が、人には備わっている。それを味覚と呼ぶんだ」


「また、地雷踏んじゃった気がするんだけど」

「今回は短いからええやろ? 大人になれば自然に食べられるようになる。俺もグリンピースなんか好きじゃなかったが、この年になったら一応食べられるようになった」


「ふぅん。よく漫画でさ、嫌いなものを食べさせるってシーンが出てくるけど」

「ネタとして使っているのだろうけど、あれは罪悪だな。栄養があるよ、ってどこかで聞いた適当な言葉で誤魔化しているが、栄養のない食べ物も存在しない」

「それじゃ石は」


「ネタの使い回しをしないように。食べられないなら、食べられる別の食物でその栄養素を補えばいい。その程度の勉強もしないで、なにが栄養があるから食べなさいだよ。ふざけんな、って話だ」


「なんか最近のおにぃ、怒ってばっかりだね」

「え、あい、いや。それはその」

「また彼女に振られたの?」

「だぁぁぁぁぁ」


 兄を見透かす妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!

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