第9話 おみくじ

 お正月も3日目。そろそろ寝正月にも飽きてきたころである。


「おにぃ。この間の日の出不動産に、もう一度連れて行ってよ」

「中学生が物件を探してどうすんだ。年末に行った不動尊だろ。それがどうかしたのか?」


「うん、リベンジしたいの」

「お寺を襲撃でもすんのか」

「なにそれ?」


「リベンジってのは仕返しすることだ。お寺に仕返しっていえば、廃仏毀釈運動でもするんかなと」

「ともかく、行こうよ」


「ともかくで済まそうとすんな。これから俺の得意な蘊蓄が始まる……」

「うん、それが分かってるからスルーしたのよ。さぁ、行くよ」

「くそ……俺に扱いに手慣れてきやがったな」


「今度彼女ができたら、おにぃの取り扱いマニュアルってのを作って渡してあげるよ」

「すんじゃねぇよ!」

「1冊500円で」

「薄い本かよ!」


 ってな感じで良く分からないまま、また例の日の出不動尊である。


「で、嫌なことってのはなんだ?」

「元旦にね、友達とここに初詣に来たのよ」

「ふむふむ」


「私の名前の入ったダンドウツツジを見せようと思って誘ったの」

「ドウダンツツジな。市の花を物騒な兵器にすんな」


「そして当然のごとく、おみくじを引いた」

「ふむふむ」

「友人が吉で、私が大吉」

「良いじゃないか」


「良くないの! だからもう1回引くの!」

「おみくじを何度も引いて一番良いのが正しい風潮やめ……あれ? お前は大吉だったんだろ?」


「まぁいいから、引いてみようよ。ほら、そこのおねーさんが売ってるから」

「あ、うん。まぁ、俺は今年まだ引いてないからいいけど……。あの、2枚ください」


「買ったぞ。どっちがいい?」

「むうぅぅぅぅぅうぅぅぅぅ」

「そんな悩むことか?」

「なにしろ、リベンジだからね。良し見えた、こっちだ!」


「なにが見えたんだよ。お前は霊能者か」

「霊能者は、おみくじの中身なんか見ないと思うよ?」

「自分だけ素に戻るな。乗った俺が恥ずかしいじゃないか。どれ、残りものには福が……ダメだ、俺のは小吉だ」


「あぁんもう。また大吉じゃないの! どうなってんのよ、ここ!!」

「怒るポイントが分からん。大吉が一番良いっての知らないのか」


「大吉じゃダメなのよ。もう一度引くからおにぃ、お金出して」

「大吉で我慢しろ……って言うのもおかしいが、どうしてまた引くんだよ。それよかなんで俺にたかるんだ。こういのは自腹じゃないと意味がな……こ、こらっ。俺の財布!?」


「いつもお尻のポケットに入れてるもんね。おねーさん、くじ引きまーす」

「200円です」

「じゃ、千円で5回ね」


「「ええっ?!」」


「前と後ろでツッコまないで。じゃ、これとこれとこれに、こっちとそっちで合計5枚もらうね」

「あ、ありがとござい、ました?」


「おねーさんが困った顔してるぞ?」

「いいのいいの、気にしない。えっと……また大吉かよ! で次は末吉か、おしいなぁ。で、また末吉。それに吉。そして最後は、大吉かよ!!! どうなってんだよ、ここは!」


「さっきと同じセリフを言ってるようだが。なにが気に入らないんだ?」

「私が欲しいのは小吉なの。それ以外はいらない」

「なんでわざわざそんなものを欲しがるんだ?」


「おにぃ、物知りでしょ?」

「ま、まぁな」

「おみくじの順番を言ってみて」


「あれは場所によって違うんだが。だいたい1番は大吉だ」

「だよね」

「それから吉、中吉、小吉、末吉、それに凶だ」


「最後には大凶ってのもあるでしょ?」

「ああ、そうか。お正月には入れないところのほうが多いようだが、そこまで考えると7番まであることになるな」


「それじゃ、真ん中は?」

「えっと……4番目だから小吉かな?」

「でしょ?! だから小吉が欲しいのよ」


「だからなんでそんなしょうもな……あっ、ああっ。まさか、お前?!」

「真ん中でしょ? 真ん中じゃないと嫌なの」

「そんなことのために、1,000円も使わせたのか!?」


「最初の2枚も入れると1,400円だと思うよ? だけど、まだリベンジしてないから、あと2,000円ぐらい引いてみる」

「や、や、やめとけ。そんなにくじを引くお前を見て、そのおねーさんが引いてるぞ」

「誰がうまいこと言えと」


「俺の財布返せ。そうだ。そんなに小吉が欲しいのなら、俺が引いたのと交換すればいいじゃないか?」

「いや、それはだって、自分で引かないと意味がない、っていうか」


「そういうことは自分の金で引いてから言えよ。他人の金で何度もおみくじを引いてる段階で、そんな了解ごとなんぞ破綻してるだろ」

「ううっ。そ、それもそうか。じゃ、この6枚のおみくじと、その小吉を交換してあげる」


「交換してくださいって言え。ほらよ」

「うん、ありがとう。えへへへ、やっと真ん中が手に入った」

「そこまで真ん中にこだわるやつは、世界にお前ひとりだろうな」


「いやぁ、それほどでも」

「褒めたことになってんのか。それで、なんて書いてある?」

「えっと見たかったのは……ああ、ダメだ、これ! おにぃ返す」


「ここへ来て、これまでの前提を全部ふっとばすのか?!」

「だって、学問のところ」

「どれどれ?」

「ひたすら励むべし、だって。そんなことできるわけないでしょ! これ、いらない」


 まったくもう。妹なんて、ろくなもんじゃない!

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