第6話 放送委員

 中学校に、放送委員というお仕事がある。それは数ある委員会の中で、もっともおいしい職種である。ともかくぬくぬくである。


 どのくらいぬくぬくかといえば、お兄ちゃんと家にいるときのうまるちゃんが、ポテイトチプスを投げ出して裸足で逃げ出すほどのぬくぬく加減である。


「なにが始まったんだ?」

「私が放送委員をやっているというお話よ」

「それは知ってるが、なんでまた急にそれを言い出した?」


「おにぃの嘘つき!!」

「な、なんでだよ?」

「なんかすっごい大変なことになったんだよ。私が、この私がマラソン大会に出場しなきゃいけなくなったのよ!」


「マラソン大会は全員参加……あ、そうか。毎年、放送委員は救護班とくじけそうな人を応援する係だったな」

「私は救護班をやるつもりだったのに、道案内係になってしまったの」


「あれか。道を間違えたり誤魔化したりしないか、監視する係だな」

「そう、そんなことするために放送委員になったんじゃないのに」


「放送委員といっても、生徒のひとりなんだからそのぐらいやればいいだろ。それでも10kmも走るよりはずっとマシだろ?」

「ぐぅぅぅぅぅ」


「お腹空いてんのか?」

「抗議の声を上げたの! おにぃが放送委員は楽でぬくぬくで、しかも内申書に有利とか言うから」


「いや、実際に俺もやってたからな。それで第1位志望の高校に受かったから、お前にもって勧めたんだが」

「1年のときからやってたら、今年になって顧問が役員になれって言うもんで」


「1年ときからやってると、先生とも顔見知りになっちゃうんだよな。しかししらべに役員とか、その先生ちょっとおかしい……それはともかく委員長にでもされたか?」

「なんかディスりかけた? そこは要領の良い私のことだから、委員長はまずいと思って副委員長に立候補した」


「要領が良いというか図々しいのは知ってるが。自分から立候補しただと? お前が?」

「連続でディスられてる気がするんだけど。だって書記だったら議事録とか取らないといけないし、会計なら計算が必要だし、委員長なんて天草シノでしょ?」

「天草シノは生徒会長だが」


「だから、委員長にくっついてうろうろしているだけで済む副委員長を選んだの」

「それだけの副委員長なんて存在しない思うが。そこはお前らしいな。それで楽はできたのか?」

「できたよ?」

「なら良いじゃないか」


「昨日まではね!」

「なんで俺に切れてんだよ。ということは今日、なにかあったのか?」


「委員長が家庭の事情で、卒業まで学校来られなくなったという連絡が入ったの」

「あらま?! ということは、年明けからはお前が委員長代行に?」


 解説しよう。


 放送委員。それは誰もが憧れる……かどうかは知らないが、あらゆる学校委員の中で、もっとメリットの多い職種である。


 委員会といえば、生徒会役員は言うに及ばす、学級委員や保険委員、風紀委員に交通安全委員などなど、仕事は山盛りで責任は重く、なにより教師の支配下にあるため常に緊張を強いられる。


 そこに行くと放送委員は、一番やる気のない教師が顧問になることが多く、それも他の仕事と兼任である。つまり、片手間にできることだと認識されているのだ。


 にもかかわらず、特典だけは他の委員以上なのだ。


 毎週ある朝礼では、機材の設置だけしたら後は放送室でぬくぬくしていればいい。放送室は、夏は涼しく冬は暖かい校舎内リゾート地である。


 熱中症で倒れる心配はなく、かじかむ手をこすり合わせ、ブルブル震えながら立ち続ける必要もない。校長先生のくっだらな……しょうもない話に耳を塞ぐことも簡単である。


(言い換えようとして、そのままにしたね?)


 なんなら、スマホでネトゲをすることさえ可能である。


 体育祭でも、機材の準備だけしたら放送室でぬくぬくしていればいい。白線引きもテント設置もーーうまくいけば競技さえもーー免除される。それが放送委員である。


 だからしらべが中学に入ったとき、ぜひやれと推薦したのだが。


「ぐぅぅぅぅぅ」

「だからなんで俺に抗議するんだよ」

「これは、お腹が空いたの!! お詫びの印にかっぱ寿司に連れてけ!」


 どうしても俺に奢らせないと済まない病気かなにかか? 妹なんて、ろくなもんじゃねぇ!

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