第4話 ドウダンツツジ

「ってなことを言っているうちに、山を降りてしまったわけだが」

「なんか足が重いっす。おにぃ、おんぶ」

「いい年して恥ずかしくないのかよ」

「恥ずかしいよ?」


「ならやめろ! こ、こら。そう言いながらおおい被さろうとすんな」

「うわぁ、おにぃの背中、汗でベッタベタ。キモい」

「だから止めろって言ってんだよ。あと、キモい言うな。体質だから仕方ないだろが」


 なんとかしらべ攻撃を回避して、ふと見るとお寺の山門に着いていた。お寺巡りは嫌だとか言っていたが、まだ帰るには早い。ダメ元で提案してみるか。


「ちょっと、このお寺をのぞいて行かないか?」

「うん、なんか楽しそう。行く行く」」


 じじむさいとか言ってたさっきのアレはなんだったんだ?


「そ、そうか。それなら入ろう。ここは拝観料を取らないから好都合だ」

「たいしたものがないんだろうね」

「そういうことをはっきり言うもんじゃないの」

「らいひたほほはひゃいんはほうへ」

「口を引っ張りながら言っても同じだぞ」


 そういうことを自分でやるか?


「はっひりいっへないほ?」」

「はっきりいってないよ、ってそういう意味じゃねぇよ」


「まあまあ、いいから入ろうよ。寺の名前は、ひので、ふどうそん?」

「良く読めました、その通り」

「そういえば、この辺りって不動産がたくさんあるんだよね」

「不動「尊」な。花沢さん家じゃねぇよ」


「そうそれそれ。だからここら一帯をふどうの森っていうんだよね」

「それはその通り。そういう看板も出てるな」

「だけど、それをブドウの森だと勘違いする人があとを絶たないという」


「道路標識あるあるだな。不動ぐらい漢字で書けばいいものを」

「そのおかげで、いいネタになるって話がTwitterで話題に」

「なってんのか?」

「知らないけど。なったらおもろいなって」

「願望を事実みたいに言うな」


「で、ここの見どころは?」

「この看板によると、落ちそうで落ちない岩ってのがあるようだ」

「そんなんどこでもあるやろ?」

「水を差すなよ。藁をもつかみたい受験生にとっては、大事な……ってお前も受験生じゃないか」


「うん、そうだよ」

「あっけらかんと言うな。それならここのお守りを買って行こうか」

「別にいらないけどなぁ。おにぃがどうしてもっていうなら買ってもらってあげてもいい」


「なんで買ってもらうほうが上から目線なんだよ」

「だって、私落ちるわけないもん」

「なんでだ?」

「受かるに決まっているとこしか、受験しないから」


「ぐっ。お前って……」

「そういうやつだよ?」


「もっと良い高校に入るためにがんばるとかそういうのはないのか」

「そんなことしたら入った後が大変じゃない。私には、人生をのんびりまったり過ごすっていう大目標があるのよ」

「大目標なのか、それ!?」

「だから、楽々入れるとこしか受験しないの」


「まあ、それでもだな。当日に犬を助けて交通事故にあったりとかだな」

「それなんて俺ガイル?」


「あと、当日に高熱を出して試験に落ちたり」

「それ、なんて女子高生の無駄づかい?


「名前を書き忘れて、-5点をとったり」

「……そんなアニメあったっけ?」

「ぴろきのネタでした」


「くっそー。ひっかかった。悔しいからなんか買って」

「なんでしらべを悔しがらせると、俺が散財しないといけないんだよ」

「じゃあ、貸しね」


「借りてねぇよ! それより中に入ろう。ここでしらべと漫才してるとじろじろ見られるじゃないか」

「人気ものは辛いね」


「俺はしらべといるだけで辛いよ」

「特に財布の中身がね」

「分かった上で言ってやがる!?」


「じゃ、ここでお参りをしてと。受験に受かりますように、パンパン」

「結局祈ってんじゃねぇか」

「他に思い付かなかったもん。あ、あそこでお守り売ってるよ?」


「合格祈願のお守りだろうな」

「仕方ないから買ってもらってあげるよ」

「素直に買って欲しいって言えよ!」


「あれ、なんか帳面のようなものがある……、ふむふむ、なるほど」

「どうした? お守りならこっちだぞ」


「なんかね、木を植えるとお金がいるみたいだよ」

「しらべの話はまったく分からん。どれどれ……ふむふむ、ああ、そういうことか」


「どういうこと?」

「つまりここに寄進すると、その人の名前を付けて苗木を植えてくれる、ということのようだ。1本3,000円だと」


「どんな木?」

「ドウダンツツジ、って書いてあるな」

「ツツジって私たちの市の木だったよね」

「そうだったな。あれはツツジ一般だが、これも仲間のうちだ」


「私、これで良いや」

「どう、良いと?」

「さっきの貸しをこれでチャラにしてあげる」

「借りた覚えはねぇよ。だけどここに記念樹ってことなら、悪くはないかな。ずっと残るだろうし」


「ありがとうございます。それでは、お名前をここに書いてください。植えた木の前に掲示しますので、いつでもご覧いただけますよ」


「じゃあ、村国調(むらくにしらべ)でお願いします。しらべは読みも付けてね。むらくにちょうって読んじゃう人がいるから」

「むらくに しらべ 様ですね。はい、承りました。おひとり様でよろしいですか?」

「あ、俺の名前も入れ……」

「うん、それでいいよ」


 名前はお前で、金は俺?!


 まったく、妹なんてろくなもんじゃねぇ!

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