第2話 水でも太る

「ひぃーひぃーひぃー」


 俺のあえぎ声である。別にエロいことをしているわけではない。近所の山歩きでもしようと妹を連れて来たのだが、思っていたより坂道がきつかったのだ。


「ひぃーひぃーひぃー」


 ちなみに、妹である。思っていたよりきつかったようだ。


「ちょ、ちょっと休もう」

「はぁはぁ、ぜぇ、うん、そうしよ」


「たいした山じゃないのに、けっこう疲れるものだな」

「だねぇ。こんな山ぐらい一息で上れると思ってたのに。でもいいダイエットになりそう」


「ダイエットとは違うけどな」

「どうしてよ」

「ダイエットというのは、食事制限で体重を減らすことだ。いま、そんなことしてないだろ?」

「してないね。だけど運動すれば体重は減るじゃない」


「それはシェイプアップというものだ」

「こまけぇこたぁいいんだよ」


「細かくねぇよ! それに体重が減るという言葉の意味には、2種類あるが分かってるか?」

「2倍体重が減るのなら、その話を聞いてやってもいいぞ?」

「生意気か」

「だって、どうせまた長くなるんでしょ?」


「当然だ。いいか、世の中の人は太るという言葉を、ごっちゃにして話しているんだ」

「ふーん、いてててて耳を引っ張らないでよ!」


「ちゃんと聞いてるかなって思って」

「聞いてるよ、仕方ないから聞いてやるよ。で、体重がなんだって?」


「調(しらべ)は太ることは、体重が増えることだと思っているか?」

「思ってるよ?」


「その定義なら、水を飲んでも太るということになる」

「えぇ? だってそんなのおし……汗をかけば飛んで行くじゃない」

「いま、なにか言いかけた止めたな。学校で質量保存の法則を習っただろ?」

「……習ったよ?」


「その間はなんだ? じゃあ、その定義を言ってみろ」

「質量が保存される法則」

「そのまんまじゃねぇか!」


「間違ってないだろが!」

「正しくもねぇよ! 逆切れできる立場じゃないだろ。反応の前後で、という大事な文字列が抜けてるぞ」

「はいはい、それでどうした?」


「そのぐらい覚えておけよな。この前の通知表でオール3をとりやがって」

「いやぁ、それほどでも」


「褒めてねぇよ。つまりだな、水を1リットル飲めば体重は1Kg増えるんだ」

「そんなの当たり前じゃん」

「ということは、水でも太るということになるぞ」


「あれ? だけど、それはおし……汗とか涙とかよだれとか」

「いろいろでてきたな。そう、すぐに水分となって身体から出て行く」


「太ってないじゃん!」

「飲んだときに、体重は増えただろ?」

「うぐっ?」


「じゃあ、太るという言葉を身体に脂肪が付く、と言い換えてみよう。それならどうだ?」

「えっと。どうって?」


「水で、身体に脂肪は付くか?」

「付かない」

「正解だ。つまり水では太らないというわけだ」

「その通りだ」


「……ほんとに分かってんのか?」

「そ、そりゃ、分かってるともさ」


 水を飲んでも太ると言う人は、「体重が増える」という意味で使っている。

 水は飲んでも太らないという人は、「身体に脂肪が付かない」という意味で使っている。


 だからその議論は、いつまで経っても平行線をたどるのだ。定義の違う言葉を、同じ意味だと思って使っているのだから。


 ちなみに、アルコールはいくら摂取しても脂肪は付かない。カロリーがいくら高くても、アルコールは体温を上げることにしか使われないからである。


 カロリーと脂肪との関係も、普通の人が思っている以上に曖昧なのである。


「それで、頂上はまだなのかな?」

「聞く気はなしかよ」

「聞いてたよ。耳には入ってる」

「頭には?」


「さて、そろそろ出発だー」


 まったく。妹なんて、ろんなもんじゃねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る