第273話 レオからのネウマ譜

 予想外の出来事が起きた。

 それは、私が託した物がレオからダンテに渡ったこと。


 レオの友人であるダンテを信用していないわけじゃない。

 ちゃんと私の頼み通り、ジェロに届けてくれると思う。

 私が気にしていることはひとつ。

 レオのこと。

 

 ダンテの話では、レオはエトーレに襲われているらしい。

 そうなってしまった原因は全て私。

 レオに密書を託してしまったから……。


 いまから戻ってレオを助けないと。

 すぐさま考えが浮かんだ。

 だけど、すぐに待ったをかけた。


 私は懐に手を当てた。

 そこにはダンテから預かったネウマ譜がある。

 ぱっと見て、すぐに気づいた。

 これは暗号ネウマ譜だと。


 レオが暗号ネウマ譜を私に託したのには意味がある。

 間違いない。

 それを解読し、意図を探るのを優先させるか。

 それともレオを助けに戻るべきか……。


 エトーレの目的は密書を奪い返すこと。

 だから、レオが持っていないとわかれば解放するはず。

 お父さまの指示は密書を探して届けることだから。

 

 きっとレオは無事。

 だったら、暗号を解読するのを優先しよう。

 そのためには解読文書が必要になる。

  

 脳裏にレオが暮らす小屋が思い浮かんだ。

 採譜台にはネウマ譜と紙、壁には地図があった。

 あのとき、普通とは違うネウマ譜に違和感を抱いたのを覚えている。

 紙の下に隠された意味のわからない文書があった。

 おそらく、あれが解読文書なのだと思う。


 それと、地図。

 商団の小屋だから、地図があってもなんら不思議ではない。

 だけど、地図そのものが普通ではなかった。

 縦横に引かれた線。

 当時は特に疑問に思わなかった。

 だけど、いまは予想がつく。

 あれは解読用の地図だ。


 やっぱりそうだったのね。


 私はため息をついた。

 なんとなく答えは頭にあったけど、認めたくなくて考えないようにした。

 だけど、もう無理だ。

 いろんなことがひとつに集結していく。


 商団の採譜師をしている。

 暗号と思しきネウマ譜を書いている。

 採譜師としてレオを採用したのはジェロ。

 そのジェロはサングエ・ディ・ファビオのリーダー。

 

 もう認めるしかない。

 認めたくないけど……。


 レオは暗号師で改革派の一員だと——。


 大きく息を吐き、懐に置いた手を下ろした。


 いまはレオが何者かを追求している場合ではない。

 真実を問うたり、改革派であることを非難するのは後回し。

 優先すべきはレオの意図を知ること。

 そのために、小屋へ行ってダンテから託されたネウマ譜を解読する。


 やるべきことを決め、私は歩く速度を早めた。

 

 レオは私になにを伝えようとしているのかしら?


 小屋へ向かいながら考えた。

 話があるのなら、直接伝えればいいだけのこと。

 それなのにわざわざ暗号を記したのはなぜ?

 どうして、ダンテと共にエトーレから逃れて避難場所へ向かわなかったの?


 疑問が湧いてくる。

 だけど、その答えが見つからない。

 暗号を解読すれば疑問が解けるのどうかも……。


 謎を解く鍵はこのネウマ譜にありそうね。


 もう一度、懐に手を当てた。

 暗号を解けばレオの意図がわかる。

 そう信じて私は歩き続けた。


 警備兵たちに見つからないように移動し、ようやく小屋に辿り着いた。

 周囲を見渡し、誰もいないことを確認。

 それから急いで小屋に入った。

 一直線に採譜台に向かっていく。

 その矢先——。


 背中に鋭い視線を感じた。

 背後に誰かがいる。

 

 レオが改革派とバレて、捕らえにきた警備兵だろうか。

 もしそうなら、真正面から抵抗しても無駄。

 私にできるのは、隙をついて逃げることだけ。


 気づかないふりをし、ゆっくりと足を動かした。

 背後に感じる気配に動きはない。

 

 隙をついて逃げよう。

 それしか手はない。


 不意をついて振り向き、一目散に逃げる。

 そう心に決め、振り返るタイミングを待つ。

 背後にいる者が私に近づこうとした瞬間を狙う。


 唾を飲みこみ、そのときを待つ。

 

 背中に感じる気配が変わった。

 刺すような視線が突如して消える。


 いまだ!

 

 振り返って逃げようと試みる。

 次の瞬間——。


「!」

 背後から口を手で塞がれた。


 しまった!


 上半身を押さえられた。

 必死に抵抗したものの、力負けして身動きが取れない。


 誰なの?

 警備兵?

 それとも、改革派のメンバー?


 私は恐怖に駆られた。 

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