第272話 密書を追って
——もう計画ははじまっている。
パッツィの言葉が俺の頭のなかでこだましている。
俺はルッフォ大領主邸宅を襲撃を計画し、実行した。
そのあいだ、パッツィもまた動いていて……。
ま、まさか、最初から俺の計画を隠れ
改革派が荘園を騒がせるのを前提に動いてた?
きっとそうだ。
スパイが計画を密告し、それを利用して外敵に侵攻を促そうと計画。
俺は利用された。
悔しさに体が震える。
怒りに叫びそうになる。
だけど、いまはそんなことをしている場合じゃない。
なんとしてもパッツィの計画を阻止するんだ。
俺は必死に走った。
パッツィが密書を託した相手。
それは十中八九、エトーレだ。
まずはエトーレを探しだして密書を奪う。
それからパッツィが外敵のスパイである証拠を集める。
証拠……。
エトーレに託した密書。
それは証拠のひとつにはなるだろうけど、決定的じゃない。
密書はおそらく暗号で書かれている。
一緒に解読文書が必要だ。
加えて、密書を書いたのがパッツィだと証明しなければならない。
いますぐパッツィを罪に問うのは無理だ。
時間をかけて証拠を集める。
そのひとつがエトーレの持つ密書。
それを奪い、外敵の侵攻を食い止める。
パッツィを
辺りを見渡し、エトーレを探しながら走った。
市場近くまで来たところで、速度を落としていく。
おそらく警備兵が巡回している。
ここで捕まるわけにはいかない。
慎重に行動しつつ、エトーレを探す。
闇に紛れてゆっくりと動き、物陰に身を潜ませながら進んでいく。
ときおり、警備兵がやってきてヒヤリとした。
想像以上に巡回する警備兵が多い。
みんなは無事だろうか。
不安がよぎる。
ダンテは足が速いから大丈夫だろう。
だけど、レオは?
他の同志たちは?
心配が尽きない。
だけど、いくら考えてもどうしようもない。
いまはやるべきことをする。
腹に力を入れ、不安な思いを振り払った。
エトーレを探して荘園内を探っていく。
だけど、どこにもエトーレの姿がない。
まさか、荘園外に出てしまった?
密書を届け終えてパッツィ邸宅に帰った?
嫌な予感しかしない。
それをなんとか体外に追いだし、視線を辺りに走らせる。
警備兵が通り過ぎたあとで、素早く移動を開始。
物陰に隠れながら進んでいく。
すると、前方に警備兵たちが輪を作って集まっていた。
なにかあったのか?
改革派を警戒して警備をするなら、一列、または二列になって動くはず。
なのに、なぜか輪を作っている。
……まさか!
心臓が激しく動きだす。
同志たちが捕まったのか?
……あり得る。
だから、集合場所に誰も来なかったのか?
俺は忍足で警備兵たちの様子がうかがえる場所に移動した。
そこから輪の中央を見ようと試みる。
角度が悪くてよくわからない。
だけど、警備兵ではない何者かがいるのはたしかだ。
誰だ?
体はそのままに首の角度を変えた。
先ほどよりはよく見える。
輪の中央にいる人物の顔がはっきりと認識できるようになった。
「!」
驚きのあまり声を出しそうになり、慌てて手で口をふさいだ。
ピエトロ!
輪の中央にピエトロがいた。
襲撃のメンバーではない。
それなのに、警備兵に捕えられている。
なぜだ?
疑問を抱くと同時に悔しさに唇を噛んだ。
スパイだ。
ルッフォ邸宅襲撃の計画を密告しただけじゃない。
同志のひとりであるピエトロを通報したんだ。
怒りが込みあげてくる。
助けないと。
だけど、俺だけでは無理だ。
でも、どうにかして救出しないといけない。
ピエトロは次期大領主で、荘園を改革する者だから……。
どうする?
策を講じようと考えた。
人手が必要だから、秘密小屋に行って同志たちの力を借りようか?
いや、そんな暇はない。
捕縛されたら最後、すぐに処刑されてしまう。
助けられる機会はいましかない。
だけど、策がない。
いや、ある。
ひとつだけ方法が……。
これしかない。
ピエトロを助けるには。
真っ直ぐにピエトロを見つめた。
ピエトロは荘園改革の核だ。
なにを犠牲にしても助けなければならない存在。
だからやる。
俺は身を小さくし、ゆっくりと警備兵たちの背後に忍びよる。
そのさなか、ピエトロと目が合った。
ピエトロ、助けるから待っていろ。
俺は視線を通して思いを伝えた。
それに気づいたのか、ピエトロの表情が変化した。
微かに微笑み、それからゆっくりと首を横に振る。
来るな。
視線を通じてピエトロの思いが伝わってくる。
それを感じた途端、全身が震えた。
前にも同じ思いを味わった。
目で訴えてくる。
来るな、と……。
いまもあのときと同じだ。
違うのは伝えきた相手。
あのときはファビオ。
いまはピエトロ。
己を犠牲にして俺を逃そうといている。
だめだ。
犠牲になるのは俺なのに……。
心臓が跳ねるように動き、体が震えだす。
その拍子に物音を立ててしまった。
「なんだ?」
警備兵がそれに気づき、周囲を警戒した。
逃げろ——。
ピエトロが視線で俺に訴えてくる。
その目はとても真剣で必死だった。
俺はまた逃げるのか?
全身の震えが止まらない。
行くんだ——。
ピエトロはなおも訴えてくる。
荘園を改革するんだ——。
そう訴えるピエトロとしっかりと目が合った。
懇願するように俺を見ている。
それを俺は無視できなかった。
大きくうなずき、警備兵から遠ざかっていく。
ピエトロの意思を尊重する。
……大丈夫。
ピエトロは大領主の息子だ。
だから、すぐさま処刑なんてことにはならない。
祈るような気持ちでその場を後にした。
エトーレを探して密書を奪う。
一番の目的を果たすために荘園を走った。
エトーレの姿はどこにもない。
探しているさなか、ふと気づいた。
この先にはレオが暮らす小屋がある。
そこへよって避難場所に向かうようレオに伝えよう。
密書を奪えなかったら外敵が侵攻してくる。
そうなったら、荘園は火の海だ。
万が一に備えてレオを避難させたい。
助けたい。
せめてレオだけでも……。
俺は急いで小屋に向かった。
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