第263話 ピエトロの役目
ジェロ、頼むから無謀なことはしないでくれ。
俺は日が暮れて辺りが暗くなるなか、パッツィ邸宅が見える場所で身を潜めていた。
ジェロがパッツィ邸宅に入ってからしばらく経つ。
だけど、邸宅内で騒ぎが起きる様子はない。
予想外の出来事が起きたのか?
不安がよぎる。
もしそうなら、計画を中止てして脱出するはず。
それなのに、邸宅から出る者はひとりもいない。
なにをやっているんだ。
早く出てこい。
祈るような気持ちで監視の目を強めた。
これからどうなるんだろう。
心のなかでため息をつく。
先ほどジェロと父さんの話し合いは終わった。
パッツィ小領主さまの不正の証拠を集め、
対して、ジェロは同志たちの捕縛と処刑を
これでふたりの交渉は決裂した。
そのあと、ジェロはルッフォ邸宅を飛びだして……。
俺は邸宅の周囲に視線を走らせた。
警備兵が冷静に巡回している。
何事も起きていかいなのように……。
ジェロはなにも行動していない?
それとも、警備兵が平静を装っているだけなのか?
邸宅外からでは状況がわからない。
ジェロ、無事でいてくれ。
なにもしないでくれ。
父さんとの話し合いで、ジェロはかなりいらだっていた。
改革派の要求——小領主たちとの主従関係を解消する案が受けいれられず。
おまけに父さんが大領主の座を退いたとしても、現状は変わらないと告げられた。
このままでは荘園は改革されない。
きっとジェロはそう考えただろう。
だから、諸悪の根源であるパッツィ小領主さまに会おうと邸宅に向かった。
そこでジェロはなにをするつもりだろうか?
ふと思った。
パッツィ小領主さまとは以前にも交渉したことがある。
だけど、結果は散々。
荘園の構造問題を指摘するだけに終わった。
いま、ジェロはパッツィ小領主さまと二度目の対面中だ。
前と同じですむわけがない。
となると……。
ジェロは荘園を改革するため、パッツィ小領主さまに危害を加える可能性がある。
そうなると、当然パッツィ小領主さまは防衛するだろう。
……いや、防衛じゃない。
待ってましたとばかりにジェロを捕えるだろう。
ルッフォ大領主の息子であるからという配慮を働かせたりしない。
小領主を襲った改革派のリーダーという大義名分を掲げ、ジェロを捕える。
そうなったら……。
背中に冷たい汗が流れる。
当然、ジェロは抵抗するだろう。
それだけじゃない。
パッツィ小領主さまを排除しようと剣を向ける可能性がある。
だめだ。
危険すぎる。
でも……。
でも、パッツィ小領主さまが死ねば荘園は改革されるかもしれない。
可能性はある。
だけど、パッツィ小領主さまがいなくなったところで構造は変化しないことも考えられる。
第二のパッツィ小領主さまが出現するだけで、なにもかわらないかもしれない。
わからない。
どうなるのか……。
とはえい、ひとつだけたしかなことがある。
このままなにもしなければ、なにも変化しないということだ。
変えられることから地道にやっていく必要がある。
手っ取り早くできるのは、大領主の交代だ。
父さんは小領主たちと違って善人だ。
だけど、大領主としての力が足りない。
その結果、小領主たちをのさばらせてしまった。
小領主たちを束ねられる強い大領主。
それがいまの荘園に必要だ。
そんな大領主に俺はなれるのだろうか?
俺は自問した。
小領主たちに従うのではなく、導く存在になれるだろうか?
答えを求めているさなか、邸宅に動きがあった。
敷地から何者かが出てくる。
俺は目を凝らした。
ジェロ!
必死の形相で逃げるジェロの姿をとらえた。
少し遅れて警備兵が邸宅から出てきて、ジェロを追っていく。
もしジェロが捕まったら……。
嫌な予感がした。
捕らえられたら最後。
処刑は免れても、サングエ・ディ・ファビオは終わる。
ひいては荘園を改革する意思も……。
ジェロの存在は荘園改革そのものだ。
ここで捕まってはいけない。
俺は拳を固めた。
なにがなんでもジェロを逃すんだ。
荘園を改革して庶民たちを守るためにはジェロは絶対に必要な存在。
パッツィ小領主さまたちを倒し、荘園を改革するのはジェロだ。
そのあと、父さんの跡を継いで大領主の座に就くのは……。
ジェロだ。
俺じゃない。
いまなら父さんの行動が理解できる。
ジェロを邸宅に呼び寄せたこと。
嫡男である俺ではなく、庶子のジェロを後継者として指名したこと。
すべて荘園を改革するためにやったことだって。
俺に大領主になる能力と器があれば問題なかった。
だけど、残念ながら俺は父さんのお眼鏡にかなわず……。
悔しいし、情けない。
その思いは昔から変わらず心にある。
それでも、いまは別の思いを抱きつつあった。
俺は父さんの意思を尊重し、心の底から認める。
ジェロは大領主になるべきだ。
俺の役目はジェロを補佐すること。
そのためにいまできることは……。
私欲に負けて情報を漏らした罪滅ぼしのためにできることは……。
走っていく警備兵たちを見た。
ひとつだ。
俺は物陰から勢いよく飛びだした。
逃げ隠れする必要はない。
堂々と姿をさらす。
それが俺にできること。
「いたぞ!」
警備兵たちの視線が一斉にこちらに向いた。
俺を捕えようと迫ってくる。
それでいい。
追ってこい。
俺はジェロが逃げた方向に背を向けた。
そして、全速力で走る。
少しでもジェロから警備兵たちを遠ざけるために……。
ジェロ、あとは頼んだぞ!
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