第262話 絶対に守るべきもの
覆面をした男が私の首筋に剣を突きつけている。
私は視線を動かした。
剣先がきらりと光っている。
予想外だ。
まさかここにやってくるとは思わなかった。
全身から発せられた殺意が剣先を通じて伝わってくる。
なぜ、ここに来た?
改革派はルッフォ大領主邸宅を襲撃する計画だとエトーレから報告を受けた。
それなのに……ルッフォと交渉が決裂したのか?
だとしても、私に会いにくるとは想定外。
ルッフォ共々、私も始末しようというのだろうか?
たしかめる必要がある。
「なにをしに来た?」
冷静を装い、私は声をかけた。
「おまえを排除して荘園を改革する」
少しのためらいもなく、強い口調で答える。
「その志は認めるが、剣を向ける相手が違う」
「……誰だ?」
「ルッフォ大領主……おまえの父親だ」
剣先がかすかに震えるのを見逃さず、私はその隙に一歩後退した。
ひとまず問答無用に殺されるのを回避。
あとは出たとこ勝負だ。
「……俺の正体を気づいていたのか」
呟きながら覆面を取った。
「ずっと前から知っていたよ、ジェロ」
私は感情を読み解こうとジェロの表情を観察した。
隠そうとしているようだが、驚きが見え隠れしている。
心中、穏やかでないはずだ。
正体が知られていないと思い、いろいろと計画していただろうから。
それが一気に崩れた。
動揺しないはずがない。
「気持ちは理解できるし、賛同もする。だけど、こんな方法ではなにも変わらない」
私はゆっくりと足を後ろに引いた。
「……前にも同じセリフを言っていたな」
苦笑いを浮かべ、ジェロが再び剣先を私に向けた。
「そうだ。おまえのやり方は状況を悪化させるだけ」
「違う! あんたが死ねば小領主たちは力を失い、本来あるべき主従関係に戻る」
ジェロの主張を聞き、私は鼻で笑った。
なにもわかっていない。
いや、わかっているけど考えが甘すぎるのだろう。
その証拠に私を排除すればうまくいくと短絡的に思っている。
「たとえ私以外の小領主たちが大領主に従ったところで、荘園に未来はない」
私は剣先をじっと見つめながら答えた。
「そんなことはない。絶対に変えてみせる」
「無能なルッフォになにができる……あぁ、なるほど。きみが大領主の座に就く計画か」
「いや、違う」
即座にジェロが否定した。
「どうするつもりだ?」
「ピエトロを大領主にする」
自信満々にジェロが発言した。
それを耳にした途端、腹の底から笑いが込みあげてくる。
抑えようとしても止まらない。
口から笑い声が飛びだした。
「なにがおかしいんだ!」
ジェロが怒鳴った。
必死に笑いを飲みこもうとしても止まらない。
自然におさまるのを待ったのち、私はジェロを見た。
怒りを全面に出して私をにらんでいる。
「私を排除しようが殺そうが、奴らは大領主に従わない」
「どうして言い切れる?」
ジェロが反論してくる。
「どんな大領主であれ、従ったところでなんのうま味もないからだ」
予想外の答えだったらしく、ジェロが首を傾げている。
「庶民の怒りを大領主に向け、利益だけを
「な、な……」
ジェロは怒りに震えている。
「その特権を手放してまで大領主に従う意味なんてない」
「だとしても、小領主を束ねるあんたがいなくなれば、ひとりくらい真っ当な小領主が……」
「すぐさまその座を狙って、他の小領主たちが動きだす」
「じゃあ、すべての小領主を排除すればいい」
「そうなれば、次の小領主が跡を継ぐ……庶民たちを
私の言葉にとうとうジェロはなにも反論してこなくなった。
難しい顔をしている。
「だったら、どうすればいい……」
誰に言うでもなくジェロがつぶやいた。
「明日、私が実行する」
私はためらいなく告げた。
ここで計画を暴露したところで、ジェロにはもう止められない。
だったら、将来を背負っていく若者に現実をつきつけておく。
「なにをする気だ?」
ジェロが眉間に皺を寄せた。
「この荘園を改革するには、一度全部壊すしか手がない」
「具体的には?」
恐る恐るといったふうにジェロが尋ねてくる。
「明日、外敵が侵攻してくる」
「! どういうことだ?」
ジェロが目を見開いた。
「荘園を攻撃させて潰す。それから、隣国の一部に併合して権力者ではなく法が支配する荘園を作る」
私は拳を作り、胸を張った。
「ちょっと待て。外敵が侵攻って……まさか」
ジェロが素早く私の懐に飛びこんできた。
「そのまさかだ。私が外敵にに侵攻を促す密書を送った」
「外敵のスパイだったのか?」
わなわなとジェロが震えている。
「スパイ? いや、違う。私もまた荘園を改革しようとする者——改革派だ」
「一緒にするな!」
ジェロが私の胸ぐらをつかんだ。
その手を私は払った。
「同じだ。手段が違うだけで目的は一緒」
私はジェロに向かって軽く微笑んだ。
「……アリアはことのことを知っているのか?」
押し殺した声でジェロが問いかけてきた。
一番聞かれたくない質問だ。
だが、答えないわけにはいかない。
「娘は知らない、無関係だ」
即座に否定した。
「もし真実を知ったら、アリアは激しくあんたを非難するだろうな」
「なぜそう思う?」
「アリアはサングエ・ディ・ファビオに否定的だから。暴力で解決するのは間違っているって」
ジェロが悔しそうな表情を浮かべた。
「アリアらしい考え方だ。だが、現状を変えるには捨てる覚悟が必要だ」
「その意見に半分賛成するけど、半分は反対だ」
「丸腰の私に剣を向けておいて、いまさら平和主義を唱えるのか?」
私は鼻で笑った。
「ついさっきまでアリアの意見が理解できなかった。だけど、いまならわかる」
話しながらジェロは剣を収めた。
「ほぉ」
「捨てる覚悟は必要だけど、絶対に守るべきものがある」
「それはなんだ? 人命か?」
「大勢の命はもちろん、道義に反することはしてはいけないということ」
ジェロが私をにらんできた。
「道義?」
「外敵を通じて荘園を襲わせる行為は断じて認められない」
ジェロの目が怒りに満ちている。
それと同時に光を宿していた。
「それで、きみはどうするんだ?」
「止める」
きっぱりと言い切った。
目に宿った光が必ずできると希望を抱いている。
「どうやって? もう計画ははじまっている」
「外敵に侵攻をうながす密書を送ったんだよな?」
ジェロが確認している。
「ああ、そうだ」
「とても大事な密書……」
「もちろん」
「だったら、密書を託した相手はあいつしかいない」
「……」
私は押し黙った。
「エトーレ」
低い声でジェロがつぶやく。
私は声を発せず、目線をそのままにただじっとしていた。
その様子を見たジェロは無言でうなずく。
次の瞬間、私に背を向けた。
素早く駆けだし、書斎を出ていく。
ジェロはエトーレを追って密書を奪うつもりだ。
即座にジェロの意図を察した。
エトーレのことだから無事に任務をやり遂げると信じている。
だけど……。
私は急いで警備兵を呼び、ジェロを捕らえるよう命じた。
万が一のことがあってはいけない。
なにがなんでも計画を実行させる。
ダニエラの無念を晴らすために……。
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