第260話 パッツィの長年の計画
日暮れ——。
私は書斎の窓から庭を眺めた。
日暮れは一日の終わり。
だけど、今日は一味違う。
終わりを意味するのは同じだが、始まりでもある。
サングエ・ディ・ファビオの終わり。
そして、邪魔者がいなくなった荘園の始まり——。
今頃、ルッフォ邸宅ではひと騒動起きているだろう。
ルッフォは改革派のリーダーであるジェロに襲撃されている。
実の息子に襲われているなど夢にも思わないだろう。
さて、ジェロはどう動いたか……。
正体をさらした?
話しあいで解決しようとしている?
まぁ、どうなろうとも私には関係ない。
ジェロがルッフォにどんな要求を突きつけようが現状は変わらない。
無能でお飾り大領主であり続けるしか……。
そうなると、ジェロはどう出る?
小領主たちとの主従関係の解消を迫るのが第一手。
次に大領主を交代しろと迫るだろうか。
それとも……。
ジェロは改革派のメンバーが捕獲され、そのうえ処刑されていることに焦りを感じている。
だから、ルッフォに対してとんでもないことをしでかすかもしれない。
父親であるルッフォを脅す。
ありえる。
だけど、ルッフォは応じたくてもそれができない。
ジェロの要求を飲めば、大領主でいられなくなるから。
となると、最悪の事態を招くかもしれない。
それでいい、そうなってもらわなければ計画が
荘園で騒動が起きる——。
これが私の目的だ。
ジェロをけしかけ、ルッフォを襲わせる。
そうなれば、荘園内は大騒ぎ。
そこに隙ができる。
これこそが私が仕組んだ計画。
サングエ・ディ・ファビオが大領主邸宅を襲撃する。
そうなれば、大領主付きの警備兵は一斉に邸宅に集結。
加えて、改革派の鎮圧を口実に私の警備兵を向かわせる。
荘園内の兵力の大半が大領主邸宅に集まるだろう。
誰もがこの騒動に注目する。
そうなれば計画の第一段階は成功。
第二段階に進むための布石はすでに打ってある。
事前に密書をエトーレに託した。
これが一番の鍵だ。
密書が届かないと計画は進行しない。
エトーレは有能で、かつ私に忠実だ。
だから、確実に任務をこなすと信じている。
よほどのことがない限り失敗はない。
密書がこの付近の荘園を狙う外敵に届くと同時に計画は大きく動きだす。
荘園内の混乱に乗じて外敵が侵攻を開始。
そのことに気づいたときには、すでに手遅れ。
改革派を鎮圧するために兵力の大半をつぎこんでしまっている。
外敵と戦う余力などほとんどないはず。
そうなれば、荘園は外敵によって一気に制圧される。
短期決戦。
これが重要だ。
戦いが長引けば庶民たちが苦しむ。
だから、一気に権力者たちを抑える。
大領主はもちろん、小領主たちには死んでもらう。
私以外の権力者は全て……。
私の役目はそこからだ。
唯一残った権力者として、一帯の荘園を取りまとめる。
そのあと、外敵が属する国に併合すると宣言。
庶民たちは反対するだろう。
だけど、必ず説得してみせる。
そうなるよう、私は十年前から隣国と交渉してきた。
現在の荘園の主従関係は腐っている。
大領主や小領主を変えたところで、構造が昔のままではなにも変わらない。
一度全部をぶっ壊し、再構築しない限り……。
外敵が属する国が素晴らしいとは言わない。
汚職もあれば、庶民を苦しめる悪い権力者もいる。
その点に関してはどこも同じだ。
だけど、決定的に違うことがある。
それは法だ。
ここでは、小領主の数だけ法がある。
それが小領主に与えられた特権だ。
つまり、小領主にとって法はどうとでもなるということ。
処罰したいと思う相手がいれば、小領主の気持ちひとつで罪がなくても死刑にできる。
権力の
だけど、外敵が属する隣国では違う。
国が定めた法によって裁かれる。
罪人が王さまだろうが権力者だろうが関係ない。
原則、犯した罪によって裁かれる。
権力者ではなく、法が国を支配する——。
それはつまり、法が庶民を守ってくれるということ。
私はこの荘園の庶民たちを守りたい。
法によって……。
そのためにこれまで酷いことをしてきた。
自覚している。
だけど、犠牲なくして理想は手に入らない。
裏切り者だ、スパイだと恨まれるのは承知のうえ。
多くの恨みを買ってでも実現してみせる。
庶民たちのために……。
いや、違う。
それは建前だ。
本当の理由は他にある。
脳裏に恨みを抱く人物の姿が浮かんでくる。
虎の威を借る狐。
大した力のない者ども。
そやつらを殺すのは簡単だ。
だけど、殺したところで根本的な解決はしない。
また同じことがどこかで起きる。
根本的に恨みを晴らしたい——。
私はそう思うようになった。
「ダニエラ……」
ふと口から声が溢れた。
長い間、呼んでいない。
言葉にすると悲しみがよみがえってきそうで怖かった。
だから、胸のなかにしまいこんでいる。
でも、いまこそ思いだすときだ。
ダニエラを苦しめたものがもうすぐ崩壊する。
ダニエラ。
見ていてくれ。
ようやく、おまえの
脳裏にダニエラの笑顔が浮かんでくる。
ダニエラ——。
十五年前、アリアを産んで間もなく処刑された私の最愛の妻……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます