第259話 ルッフォの案

 なんてことだ。


 俺は頭を抱えた。


 決断力がないと心のなかでジェロを批判し、大領主の適性がないと考えた。

 だから、俺が大領主になるべきだと欲を出した。

 その結果、パッツィに情報を渡してジェロを窮地きゅうちに追いこんだ。

 

 俺は浅はかだ。

 ジェロは広い視野で将来を見据えていた

 全ては荘園を改革して庶民たちを助けるために。

 対して俺は権力欲に支配されてしまった。


 俺も小領主たちと同じだ。

 自分のために強引な手段を取ってしまった。

 庶民たちのためではなく、私利私欲のために。


 なんてことをしてしまったんだ、俺は……。


 後悔が襲いかかってくる。

 逃げようとしても逃げられない。

 もがき苦しみ、罪悪感に飲まれていく。


「俺は手を汚してきた。犯罪者は大領主になれない」

 ジェロがかすかに笑みを浮かべた。

「ジェロ、おまえという奴は……」

「やってきたことに後悔は一切ない。泥は俺が全部かぶる覚悟だ」

「だが、パッツィが相手だ。ピエトロでは太刀打ちできない」

「そんなことはない。父親のくせに息子の能力を信じないのか?」

「信じる、信じないという話じゃない」

 父さんが即答した。

 

 そうだ。

 信じるかどうかの問題じゃない。

 俺は無能だ。

 心の底から思う。

 加えて欲に取り憑かれた愚か者。

 そんな奴が大領主になったら荘園は終わる。


 荘園を改革して庶民たちを救う——。


 いまこそ初心に戻るときだ。

 そのために俺ができることをやる。


「俺は信じている。ピエトロが大領主になって荘園を改革するって」

 一点の迷いもない強い声でジェロが言った。

 その言葉が俺の胸に突き刺さる。

 

 ジェロは俺のことを信じてくれていた。

 なのに俺は……。


 突き刺さった言葉がぐりぐりと胸をえぐり続ける。


「そのために、俺は手を汚す覚悟がある」

「!」

「ピエトロを邪魔する一番の壁はパッツィだろう?」

 ジェロが父さんを凝視した。

 父さんは黙ったまま動かない。

 でも、その態度は答えているのも同然。

 ジェロが納得したようにうなずいている。


「もう少し待つんだ」

 切羽詰まったように父さんが叫んだ。

「待つって?」

「パッツィたちとの決着は私がつける。そのあと、大領主を退く」

 強い目をして父さんが言った。

「なにをするつもりだ?」

「パッツィが小領主たちをどうやって従えているか知っているか?」

 ジェロの質問に答えず、逆に父さんが問い返す。


「権力」

 簡潔にジェロが答える。

「その権力はどうやって得ていると思う?」

「代々続いた関係で……」

「違う。金だ」

 父さんが大きく首を横に振った。

「金を断てば、小領主たちの結託は解消される」

 言い終えたあと、父さんは棚に向かった。

 書類箱を開け、そこから数枚の紙を取りだしてジェロに差しだす。

「これは?」

「パッツィが違法な手段で金を稼いだ証拠だ」

 父さんの説明を聞き、ジェロが紙を受け取った。

 それをじっと見ている。

 徐々にジェロの表情が変わっていく。


「これって……」

 紙を持つ手が激しく震えている。

「孤児売買、ネウマ譜の不正取引き、処罰逃れの裏金……他にも色々ある」

 父さんが忌々いまいましげな顔をした。

「孤児売買、ネウマ譜の……」

 ジェロの顔が怒りに満ちている。


 孤児売買。

 ネウマ譜の不正取引き。


 どちらもジェロにとって身近な事件。

 たしか、ダンテは孤児売買されそうになった被害者のひとりだ。

 それと以前、商団で取引きしていたネウマ譜が偽物だと疑われたことがある。

 

 このふたつの事件にこんな裏があったとは想像だにしなかった。

 それはジェロも同じだろう。


「パッツィの資金源を断ち、小領主たちが離れたところで味方につけようと思う」

 父さんが早口で言った。

「無理だ、成功するとは思えない。それに、その方法だと時間がかかりすぎる。待てない」

 即座にジェロは父さんの案を却下した。

「大きな被害を出さずに改革を進めるには、この方法しかない」

「庶民たちには余裕なんてない。強硬手段に出るしか」

「強硬手段?」

「諸悪の根源はパッツィだ。そこを潰す」

 ジェロは強い口調で言った。

 すぐさま父さんがジェロの腕をつかんだ。

「ダメだ。真正面から行ってもパッツィに阻止される」

「わかっている。だけど、俺らにはもう時間がないんだ」

「時間?」

「パッツィは俺ら改革派を捕縛して処刑するはずだ。その前に……」

「我慢しろ」

 いつになく父さんが叱るような口調で叫んだ。


「……できるか。これ以上、同志たちを殺されてたまるか!」

「荘園を改革するための犠牲だと割り切れ」

「ああ、割り切っている。だから、俺がパッツィを……」

「おまえが犠牲になったら、私はどうすればいい?」

 すがるような目で父さんはジェロを見つめている。

「ピエトロがいる」

 ジェロはにっこりと微笑み、腕をつかんでいる父さんの手を払った。

「な、なにを言っているんだ、おまえは……」

「じゃあ、あとは頼むな……父さん」

 ジェロは父さんに背を向け、走りだした。

 

 ジェロが強硬に走る。


 なにをするのか口にせずとも想像がつく。

 いますぐ止めたい。

 だけど、ジェロの性格上、聞きいれてくれないだろう。

 

 俺は身を隠した。

 そのすぐあと、ジェロは書斎から飛びだしてきた。

 周囲の状況をうかがう様子もなく、一目散に駆けていく。


 ジェロを守る。

 今度こそ、本当に……。


 俺は決意を固めた。

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