第149話 呼びとめる理由

 お待ちさない——。

 

 その言葉にあたしは震えあがった。

 勝手に小領主邸宅に侵入したのがバレたら、確実に罰せられる。

 デルカさまが病死ではないという証拠を発見できずに……。


 あたしは唇を噛み、古小屋の側面に目をやった。

 アリアお嬢さまが立っている。


 許しをおうか?

 年齢が近いし、デルカさまを通じて顔を合わせている。

 全く見知らぬ間柄じゃない。

 だから、見逃して……。


 ……くれるはずがない。

 見つかったのが警備兵ならよかったのに。

 アリアお嬢さまより情がありそうだから……。


 あたしはため息をついた。


 見つかったものはしょうがいない。

 ここは大人しく謝るか。


 腹をくくった。

 姿をさらそうとしたそのとき——。


「……あなた、たしか伯父さまと一緒にいた孤児よね?」

 アリアお嬢さまが言った。


 えっ?


 あたしは亀のように首を伸ばし、様子をうかがった。

 アリアお嬢さまの視線は、あたしがいる場所と違う場所に向いている。

 あたしは視線を追った。

 すると、そこにジャンニの姿を発見。


 あぁ、もう。ここから出ろって警告したのに!


 思わず、近くにある雑草をむしった。

 

 ちゃんと邸宅から出るのを確認すべきだった。

 後悔したところで手遅れ。

 助けてあげたいけど、それはできない。

 証拠を探すという目的があるから。

 

 あたしはジャンニを見つめた。


 このままだと確実に捕まる。

 そうなったら一巻の終わり。

 かわいそうだけど……。

 でも……。


 心がざわつく。

 デルカさまを助けたいけど、ジャンニも……。

 あぁ、もう!


 助けるしかないと思って立ちあがろうとした矢先——。


「うん。お姉さんは誰?」

 ジャンニが悪びれる様子もなく質問をした。

「……私はアリア。きみは伯父さまに食べ物をもらいに来たの?」

 とても優しい声でアリアお嬢さまが問いかけている。

 その姿を目にし、あたしは戸惑った。


 いつものアリアお嬢さまじゃない。


 不審感を抱いた。


 あたしの知るお嬢さまは、庶民や孤児に対して冷たい態度を取る。

 加えていつも無表情で、なにを考えているのかわからない。

 それなのに……。


 あたしはアリアお嬢さまをまじまじと見た。

 声ばかりではなく、ジャンニを見つめる視線も優しい。

 全身から発せられる雰囲気も暖かい。


 ……嘘っぽい。


 あたしは直感的に思った。

 ジャンニに接する態度は、いつもと違いすぎる。

 これが本当の姿とはとても思えない。


 なにか思惑がある。


 あたしは様子をうかがった。


「うん……だけど、おじさん、死んじゃったんだよね」

 ジャンニは目に涙を浮かべながら言った。

 次第に涙声になっていく。

「……ええ、そうなの」

「二度とおじさんと会えないなんて……」

 ジャンニの目に浮かんだたくさんの涙が、一斉に頬を伝って流れていく。

 その様子をアリアお嬢さまがじっと見つめている。

 なぐさめる様子はない。

 

 もしあたしがデルカさまの姪だったら……。

 きっと悲しんでくれるジャンニにお礼を述べ、一緒に悲しむ。

 それなのに……。


 あたしはアリアお嬢さまを睨んだ。


 アリアお嬢さまから悲しみの欠片かけらすら感じない。

 本当に姪なのだろうかと疑いたくなる。


「……ごめんなさい。出ていきます」

 泣きながらジャンニが頭を下げた。

「待って」

 立ち去ろうとするジャンニにアリアお嬢さまが声をかけた。

「?」

「……ちょっとここで待っていて。渡したいものがあるの」

 アリアお嬢さまが早口で言った。

「うん、いいよ」

 ジャンニが返事をすると、アリアお嬢さまは走っていった。


 どうしたんだろう?


 ジャンニを呼びとめた理由が気になる。

 それに、渡したいものとは?


 あたしは考えた。


 まさか……。

 

 嫌な予感がした。


 渡したいものがあるというのは口実。

 実際は、警備兵を呼んでジャンニを捕まえようとしているのでは?


 デルカさまが亡くなって、使用人たちは解雇された。

 それに、パンを届けていたあたしに対しては門前払い。

 デルカさまと接触があった人物を排除しようとしているのは明らか。

 だから、ジャンニも……。


 ジャンニが警備兵に捕まったらどうなる?


 ふと思った。

 あたしや使用人たちは追い払われる程度ですんだ。

 でも、ジャンニはそれではすまない気がする。

 黙って邸宅に侵入したうえ、誰も擁護ようごする者がいない孤児だから。

 

 アリアお嬢さまが戻ってくる前に逃げるんだ!

 

 あたしはジャンニに視線を送った。

 ジャンニは少しも疑う様子もなく、素直に待っている。


 早く逃げて!


 あたしは心のなかで叫んだ。

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