第148話 噂が誠になる

 もしかすると、ルッフォ大領主さまがデルカさまの病死について調べるかもしれない。


 たまたま耳にした推測。

 若い女性が荘園で広まった噂をもとに考えた結論だ。

 それを一緒にいた中年女性に話していた。


 噂——。


 若い女性の言葉が中年女性に伝わり、それがまた別の誰かの耳に入り……。

 そうやって話は連鎖していく。

 広がれば広がるほど強化され、単なる推測があたかも真実であるかのようになる。


 この新たな噂もすぐに広まる。

 そうなったら、嘘がまことになり、デルカさまの邸宅に調査が入るだろう。

 

 もし、デルカさまが病死でないなら、犯人はきっと動く。

 証拠を隠そうとするだろう。 

 その前にどうにかしないといけない。


 あたしはデルカさまの邸宅付近に到着した。

 正面には警備兵がいる。

 そこから入ろうとしても、追い払われるだけ。

 それならばと、あたしは裏口にまわった。

 パンを配達するときに通っている裏口。

 ここなら誰にも気づかれず、敷地内に入れる。


 予想は的中。

 裏口には見張りが誰もいない。

 急いで入ろう。

 ドアを開けようとした。

 ところが……。


 鍵がかかっている!


 あたしはうなだれた。

 

 邸宅内に入らないと、デルカさまが病死じゃないという証拠が探せない。

 どうにかして侵入できないものかと視線を走らせた。

 あたしが知っている出入り口はここだけ。

 他にはない。

 打つ手なしとあきらめかけた瞬間——。

 

 ふと思いだした。

 庭でデルカさまと一緒にいたときのことを。


 あたしたち以外に誰もいないと思っていた庭に、少年が現れた。

 名前はジャンニ。

 教会に保護されず、荘園内をさまよっている孤児だ。

 ジャンニはあたしと同じ経路を辿らず、庭に入ってきていた。


 穴だ!


 裏口の近くに子供が通り抜けられるくらいの穴があった。

 その前には雑草が生い茂り、ぱっと見ただけでは気づかない。

 おそらくいまも……。

 

 裏口付近を探った。


 あった!


 あたしが通れるぎりぎりぐらいの穴が開いている。

 急いで四つん這いになり、穴をくぐっていく。

 お尻の部分が少しきつかったけど、なんとか通りぬけられた。

 四つん這いのまま、息を殺して庭を見渡す。

 

 あっ!


 視線が長椅子のところで止まった。

 ジャンニがいる。

 辺りを警戒している様子はない。


「……ジャンニ」

 あたしは小声で呼びかけた。

「……?」

 すぐにジャンニは気づいてくれた。

 でも、なぜ呼ばれたのかわかっていないようだ。

「こっちに来て」

 小声で言いながら、手招きをした。

 ジャンニは不思議そうな顔をしながら、こちらにやってくる。  


「ジャンニ。あたしのこと、わかる?」

 あたしの問いかけにジャンニはすぐに首を縦に振った。

「どうして、ここに来たの?」

 あたしは突っ立っているジャンニの腕を引っ張り、その場に座らせた。 

「どうしてって……いつも通りおじさんに食べ物をもらいに来たんだよ」

 ジャンニが答える。


 なにも知らない……。


 ジャンニの質問に対する答えと表情から、あたしはそう感じた。

 現状を伝えるのは心が痛む。

 でも、知らないままだと、ずっとここに来つづける。

 その結果、いずれ誰かに見つかって罰せられるだろう。

 

 ……伝えよう。


 あたしは心を決めた。


「ジャンニ、よく聞いて」

 あたしはジャンニの手を握った。

「デルカさま……おじさんは亡くなったんだ」

「亡くなった?」

 ジャンニがきょとんとしている。


「……死んじゃったんだ」

 あたしは表現を変えた。

 すると、ジャンニの表情が豹変ひょうへん

 唇を震わせ、目に大粒の涙を浮かべた。

「嘘だよ、そんな……」

 ジャンニの目から涙が溢れていく。

 頬を伝い、顎を滑り、大地に落ちた。


「しっ、静かに」

 無情だと思いながら、あたしはジャンニの口を手でふさいだ。

 あたしの手がジャンニの涙で濡れた。

 その部分がとても暖かく感じる。


「よく聞いて。もうおじさんはいない」

 あたしの説明に、ジャンニは涙を流しながらもうなずく。

「だから、ここに来たらダメ。もし見つかったりしたら……」

 伝えているさなか、あたしの手のひらに息がかかった。

 ジャンニがなにか言おうとしている。

 ゆっくりと手を離した。

「わかったよ。おじさんがいないなら、もうここには来ない」

 涙声になりながらも、ジャンニは言った。


 しっかりと現実を受け止めている。

 ジャンニは大丈夫だ。


「うん、それがいい。じゃあ、早く出ていきな」

 あたしは声をかけ、ジャンニのそばを離れた。

 身をかがめながら、庭から建物を目指して進んでいく。


 デルカさまが病死じゃない証拠を探そう。

 手遅れになる前に……。


 敷地内のどこになにがあるのかわからない。

 そのうえ、証拠があるならどこなのかも検討がつかない。

 無謀だと思う。

 でも、やるしかない。

 そうしないと、デルカさまが病死じゃないと証明できなくなる。


 辺りを警戒しながら敷地内を歩きまわった。

 当てはない。

 では、どうするか?

 

 考えながら歩いていると、古い小屋を発見した。

 とりあえずそこを調べようとしたところ……。


「お待ちなさい」

 声が聞こえた。

 あたしはびくっと体を震わせ、その場に座りこんだ。


 見つかった⁉︎


 恐る恐る首を伸ばし、声が聞こえた方向を見た。

 古小屋の側面に声の主がいた。


 アリアお嬢さま?


 あたしは目を見開いた。

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