第146話 デルカが亡くなった直後の出来事

 デルカさまの急死。

 その翌日にパッツィさまが小領主の座についた。


 ふたつの出来事を頭に浮かべた。

 

 偶然?


 そうかもしれない。


 デルカさまが急死は、荘園内に混乱を招く恐れがある。

 それを回避するため、義弟であるパッツィさまが急きょ小領主の座についた。

 

 こう考えると、すんなりと受けいれられる。

  

 デルカさまの病死が発端となった単なる偶然。

 きっとそうだ。

 

 納得しかけたそのとき……。


「ところでさ、突然使用人を解雇したのはなんでだろうな?」

 おじさんが不思議そうな表情をし、おばさんに言った。

「……」

 おばさんが視線を逸らし、唇を噛んだ。

「なにか知ってるのか?」

 おじさんは急に小声になった。

「……」

「教えろよ」

 おじさんが詰めよる。


 あたしは耳をそばたてながら、おばさんの表情に注目した。

 複雑な思いを抱えているように見える。


 さっき、おばさんにデルカさまが亡くなった理由を聞いたとき……。


 あたしはそのときの記憶を探った。


 ——正式に発表されてないけど、解雇された使用人が病死だってなげいていたよ。


 たしかこんなことを言っていた。

 その言葉から察するに、おばさんは解雇された使用人を知っている。

 加えて、その使用人からこっそりと裏話を聞いていた。

 ということは……。

 いまのおばさんの表情から察するに、他にも話を聞いた可能性が高い。


「誰にも言わないから教えてくれよ」

 おじさんは好奇心に満ち溢れている。

 あたしは内心でおじさんを応援した。


「まぁ、私が言わなくても、いずれ噂になるだろうから……」

 おばさんは重々しい口調で言った。

「なに、なに?」

 おじさんがおばさんに近づいていく。

 それに便乗し、あたしもおばさんに近よった。

「……お嬢ちゃんも興味があるの?」

 おばさんが不審そうな目であたしを見ている。

「う、うん。デルカさまにはお世話になったから」

「デルカさまに?」

 おじさんの興味の矛先があたしに向いた。

「あたし、毎日デルカさまにパンを配達していたんだ」

「あぁ、お嬢ちゃんがあのパン焼き職人の弟子」

 おばさんの表情が明るくなった。


 あたしのことを知ってる?

 どうして?


「……解雇された使用人は私の友達なんだけどね」

 おばさんが小声で話しはじめた。

「友達がお嬢ちゃんのことを褒めていたんだ」

「あたしを?」

「うん。女の子なのに石頭のパン焼き職人の親方に弟子入りを果たしたって」

「へぇ……」

 おばさんの言葉を聞き、おじさんが関心したような目であたしを見た。


「……それで、そのお友達からなにか聞いたんですか?」

 適当なところでおばさんの話を切り、本題に戻した。

「昨夜、突然パッツィさまが使用人全員に解雇を言い渡したんだ……理由も告げずに」

「えっ!? 理由もなく?」

 おじさんが驚きの声を上げた。

「おまけに、そのときにデルカさまの病死を伝えられなかったんだって」

 おばさんがより一層、声を小さくした。


「……それって、デルカさまの死を黙っていたってこと?」

 あたしはおばさんにならって小声で質問をした。

「まぁ、そういうことね。友達は訳がわからず、邸宅から追いだされる途中……」

「途中で?」

 あたしとおじさんは同時につぶやき、おばさんに顔を近づけた。


「警備兵たちが話しているのを盗み聞きしたんだって」

 おばさんがあたしとおじさんを交互に見ながら答えた。

「デルカさまは病気による急死だって。でも……」

 おばさんは一旦いったん口を閉ざした。

 顔を上げ、警戒するように辺りを見渡している。

 

「でも……なんだい?」

 おじさんが待ちきれずに先を促した。

「警備兵たちは、いろいろと思うところがあるらしく……」

 おばさんの顔が険しくなった。

「なに?」

 あたしは続きを急かした。


「デルカさまが亡くなられたあと、見計らったかのようにパッツィさまが来たらしい」

「それって……」

 おじさんがなにか言おうとするのをおばさんは手で制した。

「そのあとすぐ、デルカさまに仕える使用人たちを即刻解雇」

「いや、やっぱりそれって……」

 おじさんの顔も険しくなっていく。

「友達から聞いた話はここまで。この先、なにをどう考えるかは自由」

 私は関係ないよとばかりにおばさんは首を横に振った。


「起きたことを順番に考えるとさ……」

 おじさんの口から不意に言葉が出た。

 でも、その先を話そうとしない。

 黙っている。 


 起きたことの順番、かぁ。

 

 あたしは頭のなかで情報を組みたててみた。


 昨日——。

 日中、あたしは元気なデルカさまと会った。

 そのあと、デルカさまが急死。

 直後にパッツィさまがやってきた。

 パッツィさまは理由を告げずに使用人たちを解雇。


 今日——。

 朝、あたしは警備兵からパンの配達を断られた。

 亡くなったデルカさまに代わり、パッツィさまが小領主に就任。

 そのことを庶民たちは早々と知っていた。


 こうしてかん考えると、なにもかもが迅速じんそくだ。

 デルカさまが急死した翌朝には、次の小領主がパッツィさまだと知れ渡っていた。


 ここまで迅速だと……。


 あたしはおじさんを見た。

 おじさんは口を閉ざし、視線を左右に走らせている。

 戸惑いと恐怖。

 そんな感情が伝わってくる。


 おじさんもあたしと同じ考えに達したのかもしれない。

 同じかどうか確認したいけど……。

 でも、それはやめておいたほうがよさそうだ。

 おじさんが困るだろうから。


 おばさんが言った通り、おそらく数日中にはいろんな噂が流れるだろう。

 デルカさまの解雇された使用人たちが誰かに話をする。

 それを聞いた庶民たちが想像力を働かせる。

 もしかしたら、という可能性を……。

 それが噂という形になって広がっていく。


 デルカさまの死は本当に病気だったのか?

 もしかして、病死を装った殺人ではないのか?

 犯人は小領主の座がほしかったパッツィさまではないのか?


 あたしが抱いている口にできない疑念。

 いまはひっそりと隠れている。

 でも、数日中にはきっと明るみになる。


 噂という形をとって——。


 一日でも早く噂が広がってほしい。

 あたしはそう思った。

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