第145話 想像すらしなかった出来事

 ——デルカ前小領主さまは昨日、亡くなられたんだよ。


 警備兵に言われた言葉が頭のなかで繰り返される。

 

 亡くなられた?

 昨日会ったときは元気だった。

 それなのに、急に死んだりする?


 信じられない。

 ……死んだなんて。


 嘘。

 絶対に嘘だ。


 必死になって否定した。

 でも、警備兵が発した言葉は消えない。

 頭のなかで居座り続ける。

 それを消すには、真相をたしかめるしかない。


 あたしは警備兵の真正面に立った。

 警備兵が睨んでくる。

 ここでひるんだらダメだ。

 そう自分に言い聞かせ、睨みかえした。


「デルカさまは亡くなったってどういうこと?

 涙声になりながらもあたしは問い詰めるように聞いた。

「どうもうこうも、デルカ前小領主さまは亡くなって……」

「どうして亡くなったの?」

 あたしは怒鳴った。

 それに驚いたのか、警備兵が顔を歪めた。

 

 昨日まで元気だったデルカさま。

 病気だったとは思えない。

 だから、気になる。

 死因が……。


「……気持ちはわかる」

 なぐさめるような声で警備兵が小声で言った。

「だったら、教えてよ」

 なおも問い続ける。

 すると、警備兵はきょろきょろと辺りに視線を走らせた。


「……悪いけど、なにも言えない。おまえもさっさとここから立ち去れ」

 警備兵が警告してくる。

 偉そうではなく、注意を促す感じに……。


 警告の言葉があたしの耳から入り、脳で処理されていく。

 そのさなか……。


 ……!


 警備兵が発した言葉にひっかかりを覚えた。


 おまえも——。


 おまえもということは、あたし以外の誰かにも立ち去るよう促したってことだ。


「……邸宅から誰か去っていったの?」

 あたしは小声で警備兵に聞いた。

「……」

 警備兵は口を閉ざした。

「デルカさまが亡くなった原因は?」

「……」

 警備兵がそっぽを向く。

「あたしがここにいたら、なにか問題でもあるの?」

「……」

 警備兵が悩ましげな顔をし、大きなため息をついた。

 

「……ごめんなさい。困らせたみたいだね」

 あたしは素直に謝った。

 知りたい気持ちが大きすぎて、周りが見えなくなっていたと反省。

 警備兵は雇われているだけ。

 言いたくても言えないことがあるのは当然。


「……デルカ前小領主さまにつかえていた使用人たちが、突然解雇された」

 警備兵があたしにそっと耳打ちした。

「えっ?」

「理由を知ろうとするのはやめろよ」

「どうして……」

「邸宅に出入りしているというだけで、目をつけられるかもしれん。早く行け」

「どういうこと……」

 質問しているさなか、警備兵はさっとあたしから離れた。

 それも素早く。

 所定の位置に戻り、あたしに目配めくばせした。

  

 早く行くんだ、急げ——。


 目で訴えてくる。

 よくわからないけど、あの警備兵は悪い人じゃない。

 忠告に従おうとその場を離れた。

 隠れられそうな場所に身を隠し、邸宅の正面を見張る。


 警備兵は背筋を伸ばし、真正面ではなく斜め前を向いた。

 なにかを見ている。


 なんだろう?


 よく見ると、近くにいる庶民たちもそちらを向いている。

 あたしは庶民たちの視線の先を見た。

 細身の中年男性と金髪の美少女が優雅に歩いている。


 あの子はたしか……。


 邸宅で会ったデルカさまの姪。

 名前は……。


「アリアお嬢さまって本当にお綺麗だねぇ」

 近くにいたおばさんが、うっとりしたような表情でつぶやいた。


 そうだ。

 思いだした。

 アリアさまだ。


「そりゃ、あの容姿端麗のパッツィさまの娘なんだから当たり前だよ」

 おばさんの隣にいるおじさんが言った。


 パッツィさま?


 あたしはアリアさまの隣にいる中年男性を見つめた。

 ほっそりとしているうえに、動きがしなやかで上品な雰囲気が漂っている。

 おじさんの言葉から、この人物はアリアさまの父親だとわかった。


「デルカさまが突然亡くなられるなんて驚きだよ」

 おばさんが嘆いた。

「……おばさん。デルカさまはどうして亡くなられたんですか?」

 あたしはおじさんとおばさんの会話に割って入った。

 おばさんが驚いている。

「正式に発表されてないけど、解雇された使用人が病死だってなげいていたよ」

 驚いているおばさんに代わり、おじさんが答えてくれた。

「病死……」

 あたしは唇を噛んだ。

 

 に落ちない。

 デルカさまが病気をわずらっていたって話は聞いたことがない。

 おまけに、昨日まで元気だった。

 それなのに病死?

 

 ……おかしい。


 あたしは大きく息を吐いた。


「デルカさまが亡くなったのは本当に悲しいよ」

 おばさんが涙ぐんでいる。

「仕方ないよ。せめてもの救いは、荘園内が混乱せずにすんだってことかなぁ」

 おじさんが尊敬の眼差しでパッツィさまを見ている。

「混乱って?」

 あたしは首を傾げた。


「デルカさまは亡くなられただろう?」

 おじさんに問われ、あたしは涙を必死に堪えながらうなずいた。

「つまり、小領主さまが不在になってしまうんだ」

「不在だと政務がとどこおって、荘園が混乱してしまうんだよ」

 おじさんとおばさんが丁寧に説明してくれた。


 小領主さまは荘園のかなめ

 毎日、いろんな仕事をしている。

 その小領主さまが突然亡くなったら、仕事をするひとがいなくなる。

 

 あたしは深くうなずいた。

「でも、パッツィさまが混乱を招かないよう、早々に小領主の座についたんだ」

 自分ごとのようにおじさんが胸をどんっと叩いた。

「パッツィさまがいて本当によかったよ」

 おばさんがにっこりと微笑んでいる。


 パッツィさまが小領主さまになった?

 それも、デルカさまが亡くなった翌日に?


 デルカさまは病気で亡くなった。

 パッツィさまが小領主の座についた。


 このふたつには共通点がある。

 それは、どちらも急だったこと。

 誰も予想せず、想像すらしなかった出来事だ。


 これって偶然?


 あたしは疑問を持った。

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