第144話 紙の持ち主
デルカさまを助ける——。
そう決意し、あたしはその気持ちを伝えた。
その結果……。
デルカさまが紙を差しだしてきた。
それをあたしはじっと見つめる。
これを預かってほしい——。
デルカさまはあたしにそう言った。
もちろん、断るつもりはない。
ただ、気になる。
この紙はなにか?
どうして、あたしに預けるのか?
その答えを探そうと紙を調べるように見た。
なにやら文字が書かれている。
弟子入りしたとき、親方に文字を覚えるよう指示された。
だから、多少は読める。
でも、これは……。
あたしは首を傾げた。
「……なにこれ? 少しも読めないよ」
あたしは正直な感想を述べた。
「私にも読めない」
デルカさまが難しい顔をして答えた。
「えっ⁉︎」
意外な返答だった。
あたしが読めないのはわかる。
だけど、デルカさまも読めないなんて変だ。
「これは暗号文なんだ」
デルカさまの口から聞いたことのない単語が飛びだした。
「暗号文って?」
「他の人には知られたくない内容を伝えるためのものだよ」
「……知られたくないから、読めないように書いてあるんだよね」
あたしは話しながら紙を見た。
たしかに、なにを書いているのかさっぱりわからない。
「そうだよ」
「でもさ、受けとった相手も読めないんじゃない?」
頭に浮かんだ疑問を投げかけた。
「その通り。この状態だと無理」
「えっ? だったら意味がない……」
「これを読むには解読文書が必要なんだ」
「解読、文書?」
また知らない単語が出てきた。
「暗号文を読むために必要なものだよ」
「……つまり、そのふたつが揃わないと内容はわからないってこと?」
「正解」
デルカさまは褒めるように言った。
この紙を読むには解読文書が必要——。
そう理解したところで、いろんな疑問が浮かんだ。
「この暗号文って誰が書いたの? 解読文書はどこ?」
続け様に質問をした。
「誰が書いたかはわからない」
デルカさまは眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、解読文書は?」
あたしの問いにデルカさまが黙ったまま首を横に振る。
「誰が書いたのか、解読文書はどこにあるのかはわからない。でも……」
途中で話すのをやめ、デルカさまは視線を移動させた。
その先には邸宅がある。
デルカさまが暮らす場所だ。
「この暗号文は邸宅で働く使用人が持っていたんだ」
「だったら、その使用人に聞けば暗号の内容がわかるんじゃない?」
謎が解けるとあたしは期待した。
でも、デルカさまの表情は冴えない。
「使用人はこれを拾ったそうだ」
「拾った? じゃあ、紙は誰かが落としたもの?」
「うっかり落としたのか、それともわざと捨てたのか……わからない」
「そっか。じゃあ、手がかりなしだね」
「ただ……」
デルカさまは口を開いた。
じっとあたしを見つめたまま、黙っている。
きっと、デルカさまは心配しているんだと思う。
先を話すことにとって、あたしに危険が迫るかもしれないって。
「教えて」
「……」
「危険を承知でデルカさまを助けるって決めたのはあたし」
「……わかった」
デルカさまは少し間を置き、あたしの気持ちを受けいれてくれた。
「使用人に紙を拾った場所に案内してもらったんだ」
「それで……」
あたしは身を乗りだし、先を促した。
「その場所付近を捜索したけど、紙の持ち主はわからず。ただ……」
「ただ?」
「落ちていた場所になにか引きずったような跡があったんだ」
デルカさまの声が低く、小さくなっていく。
引きずった跡?
あたしは首を傾げた。
「引きするものといえば……荷物?」
あたしは思い当たることを口にした。
「いや、違う。その場所は
「……だったら、どうして紙を拾った使用人はそこへ行ったの?」
素朴な疑問をぶつけた。
「使っていない場所でも、定期的に掃除をする必要があるんだよ」
「ふぅん。それで、なにを引きずった跡なの?」
あたしは話を元に戻そうとした。
「……足」
「足⁉︎」
「そうだ。足の悪い使用人がいて、いつも引きずるようにして歩くんだ」
「その使用人が歩いた跡ってこと?」
あたしの問いにデルカさまがうなずく。
「その足の悪い使用人に話を聞いた?」
「ああ、すぐに問いただした。だけど、なにも答えないんだよ」
「……怪しい」
「私もそう思う。でも、話してくれない以上、どうしようもない」
デルカさまがため息をつく。
「うん、そうだね」
「そこでだ、なにかわかるまでこの紙をヴィヴィに預けたい」
デルカさまがあたしの手に紙を置いた。
「……理由を聞いてもいい?」
手のひらに置かれた紙を見つめた。
この紙は重要なものかもしれない。
……ううん、きっとそうだ。
だから、デルカさまは暗号を解こうと動いている。
だったら、デルカさまが大事に保管しておくのが一番。
それなのに、あたしに預けようとしている。
なぜ?
「……一番信頼できる友達だからだ」
デルカさまは少し寂しそうな表情をしたあと、笑顔を浮かべた。
「友達……」
「そうだ」
「うん、任させて」
あたしはすぐさま紙をしまった。
「私以外の誰にも見せないでほしい」
真剣な目つきでデルカさまがあたしを見た。
「了解。あたしとデルカさまだけの秘密だね」
「……ありがとう」
デルカさまは目に涙を浮かべ、あたしの手を握った。
「あっ、そろそろ戻らないと」
あたしは長椅子から立ちあがった。
「……そうだね」
デルカさまが名残惜しそうにあたしの手を離した。
「じゃあ、また明日」
挨拶をし、裏口から出ていった。
翌日——。
あたしはいつも通りパン焼き工房を出て、邸宅に向かった。
邸宅の正面に立っている警備兵に挨拶をしようとしたところ……。
「今日からパンを届けないくていい。帰りなさい」
警備兵が眉を吊りあげ、あたしに言った。
よく見ると、いつもいる警備兵じゃない。
「えっ……どういうことですか?」
「どうもうこうも……小領主さまがパンはいらないと言われたんだ」
「嘘……デルカさまがそんなこと言うはずないよ!」
あたしは怒鳴るように言った。
「デルカ、さま……?」
警備兵の顔色が変わった。
「……おまえ、知らないのか?」
別の警備兵が小声で言った。
「知らないって、なにを?」
「デルカさま……デルカ前小領主さまは昨日、亡くなられたんだよ」
警備兵の言葉にあたしは驚いた。
驚きすぎて言葉がでない。
でも、体が反応した。
一歩後退し、また一歩下がる。
そこで立ち止まったのと当時に、目に涙が浮かんだ。
デルカさまが死んだ?
嘘。
そんなの嘘だよね……。
目から涙が流れた。
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