第108話 商団の存在意義

 三者——私、商団、商売人のお金と食糧の関係がおかしい。


 取引きに関する説明が明らかに欠如している。

 単に忘れているだけなのか、それともあえて言わないのか……。


 わからない。

 たしかなのは、誰も損をしないのが取引きというジェロの言葉に嘘があるということ。


 もしかすると私の勘違いかもしれない。

 慎重を期すため、もう一度考えてみる。

 

 私は割増料金を支払うけど、これまでの相場価格で仕入れるから買う食糧が増える。

 商売人は私が支払う割増料金を商団を通じて受けとる。

 商団はこれまで通りの契約、つまり値上がる前の相場で商売人に食糧を売る。


 ……問題はここだ。


 食糧の相場が上がったのなら、商団はこれまで通りの契約では損をする。

 本来なら、値上がった分を商売人から貰わなければいけない。

 それなのに、相場が上がる前の金額で売買している。

 おまけに、ジェロは私にこれまで通りの相場で食糧を渡すと説明した。


 これでは計算が合わない。

 値上がりした分をどこかで補填ほてんしなければ……。


 誰が?

 どうやって?

 それをやれるのは……。


 私はため息をついた。


「取引きは、誰かが損をしては成り立たないのでは?」

 私は思ったことを指摘した。

「うん、その通り」

「でも、いまの説明だと商団が損を……」

「しないよ」

 私の言葉を打ち消すようにジェロが答えた。


「えっ? どう考えても私に渡す食糧が増える分だけ商団が損するわ」

「金銭面ではそうなるね」

 ジェロが大きくうなずく。

「損をする取引きをするなんて……」

「損得ってやつは、金だけじゃないよ」

 にんまりとジェロの口元に笑みが浮かんだ。


「お金じゃないなら、なに?」

「存在意義」

 予想外の返事が返ってきた。

「よくわからないわ」

「俺ら商団は、庶民のために存在している」

 

 庶民のために——。

 この言葉がずんと胸を突いた。


「利益のためじゃなくて?」

「利益は重要だ。でも、それは庶民のためだ」

「それって商団のためじゃないの?」

「いや、庶民のためだ。商団がたくさん利益を生めば、その金で庶民を支援できる」

 ジェロが胸を張って答えた。


 その金で庶民を支援できる——。


「これまで得た利益で今回の取引きの穴埋めを?」

「穴埋め……まぁ、そうかな。俺としては庶民支援のための利益配分と言いたいな」

「商団の代表はこの取引きを知らないんでしょう。勝手にまとめてもいいのかしら?」

 一回の取引き金額は大きくないかもしれない。

 でも、炊きだしは日々行われる。

 長期間となれば商団の利益がなくなってしまう。

 そんな大事なことをジェロが一存で決めても大丈夫だろうか?

 不安が過ぎる。


「うん、大丈夫。庶民のためにというのは団長の口癖だから」

「そうは言っても……」

「心配ないって。金持ちたちからたくさん利益を得る仕事をするからさ」

 ジェロはこともなげに言った。

 

 自分たちの利益を追求するのではなく、庶民を支援するために商売をする。

 そんな理念を持った商団と初めて出会った。

 ありがたいと思うのと同時に心配になる。

 この世は私腹を肥やすために動くやからが多い。

 そんな連中の標的になりはしないかと……。


「それで、どう? 取引きに応じてくれる?」

 質問しながらも、私の返答を確信しているのか手を差しだしている。

 握手を交わせば、取引き成立。

「よろしくお願いします」

 私はジェロの手を取った。

 

 商人は利益を第一に考えた金の亡者もうじゃだと思っていた。

 邸宅に出入りする商人たちがそうだったから。

 伯父や父に取りいり、たくさんの商品を売りつけてくる。

 そんな商人の姿しか知らない。

 だから、ジェロもそうだと決めつけていた。


「こちらこそ、よろしくな」

 ジェロが笑顔を見せた。

 それはずる賢くもなく、たくらみを隠すでもない。

 屈託のない笑み。

 それに対し、私は令嬢の仮面をつけたまま笑顔を返した。



 商団と取引きを開始し、商売人たちからの嫌がらせはぱたりと止まった。

 理由は取引きをしたからだろう。

 それともうひとつ、炊きだし場所までの食糧の運搬をジェロが引き受けているから。

 ジェロの前では商売人たちは大人しい。

 服従ではなく、敬意をもって接している感じがする。

 それは商売人たちだけじゃない。

 庶民たちも同じだ。

 ジェロは市場の誰からも愛され、信頼されている存在。


「なぁ、ジェロ。最近、野菜の値段が上がって困ってるんだよ」

 炊きだしのお粥を受けとりながら、痩せ細った青年が声をかけた。

「今年は雨が少ないからなぁ……うん、わかった。団長と話してみるよ」

 ジェロは相手の目をしっかりと見つめながら答えた。

「助かるよ」

 礼を述べ、青年が立ち去った。


「炊きだしまで手伝わなくて結構ですよ。人手は足りてますから」

 やんわりと私は手伝いを拒否した。

「いや、大丈夫。俺、暇だから」

 ジェロがけろりと答える。

 

 そんなはずがない。

 ジェロは商売人たちとの交渉、荷運びや他の荘園に出向くなど多忙であると知っている。


「先ほどの件を団長にお知らせしなくていいのかしら?」

 青年の訴えを口実にジェロを追いだそうと試みる。

「団長は他の荘園に行っていて今日は戻らないから」

 ジェロはせっせとお粥を庶民に渡している。


 悪いひとじゃない。

 それどころか、驚くほど庶民に寄り添っている。

 商団の利益より庶民の気持ちを優先。

 商人としては失格だろうけど、ひととして尊敬できる。


 だけど、苦手だ。

 理由を問われてもうまく説明できない。

 あえて答えるなら、ジェロに対して完全に不審感を払拭ふっしょくできないから。


 いろいろな理由をつけて炊きだしを手伝ってくれる。

 ありがたいけど、それが本心だとは到底思えない。

 いくら庶民の味方とはいえ、商人だ。

 損なことはしない。

 だから、なんらかの理由があるはず。


 それはなに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る