第106話 ジェロの仲介
あれほど暴れていた商売人たちが動きを止め、ジェロに注目している。
恐れをなしている感じはしない。
かといって、仲間という雰囲気もない。
庶民たちを見た。
誰もが期待を込めた目をしている。
使用人たちも同様だ。
ただひとり、エトーレだけは違った。
口を真一文字にして足を止め、もとの待機位置に戻っていく。
「俺はジェロ。商団の見習いだ」
ジェロは大きく手を開き、演説するように叫んだ。
誰もが聞き入っている。
「みんなそれぞれ事情があると思う。でも、暴力行為はダメだ」
ジェロの言葉に庶民たちが歓声をあげる。
それと同時に商売人たちがうつむく。
「でも、商売人たちの言い分もわかる。仕事だからな」
うつむく商売人たちに視線を送った。
すると、商売人たちがひとり、またひとりと顔をあげる。
「そうだ。俺らは商品を売ってなんぼだ」
「炊きだしなんてされたら、商売あがったりだ」
口々に商売人たちが愚痴をこぼす。
「そっちの……ええっと」
ジェロが私を見た。
名前がわからずに困っている。
「はじめまして。私はアリア・パッツィと申します」
軽く頭を下げた。
すると、ジェロはお辞儀を返してにっこりと微笑んだ。
「パッツィ小領主さまのお嬢さまか……」
ジェロが顎に手を置きながら言った。
「私になにか?」
「いや、なにも。小領主さまのお嬢さま自ら炊きだしをやってるから」
ジェロが少し焦ったように答えた。
「おかしいですか?」
「全然。立派だと思うよ」
さらりと言い、ジェロは私から視線を外して商売人たちを見た。
「損失はどの程度?」
ジェロが商売人に尋ねた。
商売人は小声でそれに答える。
それに対し、ジェロは大きくうなずく。
「ところで、みなさんは炊きだしには反対の立場なの?」
ジェロが商売人たちそれぞれに目を向けた。
商売人たちは首を軽く横に振っている。
「いや、別に。庶民が飢えないのはいいことだ」
「ああ。だけど、炊きだしをやられると俺らが飢えるんだよ」
「庶民を助けるために俺らが我慢しないといけないのか?」
口々に商売人が不満を漏らす。
「うーん」
ジェロが
「そうだなぁ……」
独りごちたあと、すたすたと私の隣にやってきた。
「お嬢さま」
ジェロが私の耳元で
突然の耳打ちに驚いた。
でも、それを態度に出してはいけない。
私は何事もなかったようにジェロを見た。
「炊きだしの金は、全額パッツィ小領主さまから出てるの?」
ジェロが聞いてくる。
私は黙ってうなずいた。
「じゃあ、一回分の食糧はいくらで買った?」
なおもジェロは質問してくる。
声に出す代わりに、私は指で答えた。
すると、ジェロはなにも言わずに私から離れた。
商売人のもとへ行き、なにやら耳打ちしている。
ここからでは聞こえない。
でも、商売人の顔色が変わったのはわかった。
笑顔になっている。
ジェロの一言で——。
なにを話したんだろう。
わからない。
「じゃあ、よろしくな」
ジェロが商売人に手を差しだした。
「おう、任せとけ」
商売人がその手を握った。
がっちり握手を交わしている。
しばらくすると商売人たちがこの場から立ち去った。
それを見送ったあと、ジェロが私に向かって手を振った。
こちらに向かってくる。
「悪いけど、勝手に仲介させてもらった」
唐突にジェロが言った。
「なんの話かしら?」
「炊きだしをやりたいお嬢さまと、それを阻止したい商売人たち」
前置きするようにジェロが説明した。
それに私はうなずく。
「その両者を納得させるための仲介案を商売人に提示した」
「私の了解も得ずに?」
半ば呆れ気味に言った。
仲介役を買って出るのはいい。
でも、双方の了承を得ずして条件を提示するのは問題だ。
とはいえ、私では商売人たちと渡りあえない。
ジェロの手を借りるのが得策。
条件を聞いて飲めないのであれば、突っぱねればいい。
「悪いと思ってる。でも、俺の判断で勝手に決めた」
「私が断ったらどうするつもりなのかしら?」
意地悪な質問を投げてみた。
「絶対に断らない」
少しも考えずにジェロは答えた。
「どうしてそう思うのかしら?」
「理由はわからないけど、お嬢さまはなにがなんでも炊きだしを成功させたいからさ」
ジェロがウィンクをした。
「さぁ、それはどうかしら」
私は目を逸らし、エトーレがいる場所を見た。
身構えるようにしている。
いつでも飛びだせそうだ。
「いいでしょう。条件を言ってみなさい」
足元を見られないよう、私は精一杯虚勢を張った。
「炊きだしに使う食糧の仕入れを、商団に一任してほしい」
「えっ、一任?」
「そう。早い話、商売人からじゃなく商団から食糧を買ってもらうってこと」
「どうしてそんな……」
「これまでより高値でね」
ジェロが真顔で言った。
笑顔が一切ない。
高値で炊きだしの食糧を商団から仕入れる?
冗談じゃない。
そんな泥棒のような真似をするなんて。
商人の風上にも置けない。
私は怒りでいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます