第104話 令嬢の仮面
私はジェロの隣りに立ち、お粥を入れる器を手にした。
それをジェロに渡す。
器を受けとったジェロはそこにお粥を入れ、にこやかに庶民に差しだした。
「ありがとう、ジェロ。ここのおかげでなんとかやっていける」
痩せ細った老人がジェロに笑顔をむけた。
役立っている。
私はほっとした。
小領主たちに散々無意味だと言われた炊きだし。
でも、こうやって庶民たちは喜んでくれている。
「じいちゃん。お礼を言う相手が違うって」
ジェロがちらりと私を見た。
つられて老人も私のほうを向く。
でも、すぐに視線を逸らした。
嫌なものを見たように……。
「パッツィ小領主さまのお嬢さまが支援してくれているんだ」
「そ、そうなのか?」
老人は戸惑いながらもつぶやき、器を持ってそそくさと立ち去った。
「……なんだかなぁ」
小声でジェロが言った。
ジェロの戸惑いの理由を私は気づいている。
でも、あえて知らないふりをした。
小領主の娘として仮面をかぶってきた。
父が望むように振るまっている。
その結果が先ほどの老人の態度だ。
近づき難い令嬢——。
それが庶民たちが抱く小領主の娘、つまり私。
本当の私じゃない。
でも、それでいいと思っている。
自らが覚悟を決め、やってきた結果なのだから。
誤解を解こうとは思わない。
ただひとり——レオを除いては。
「誤解を解かなくていいのか?」
ジェロに問われ、我に返った。
「誤解?」
「そう。ほら、あれ」
ジェロが視線で中年女性たちを差す。
遠巻きに炊きだしを見つめ、ひそひそと話している。
私は耳を傾けた。
「美人でもあれじゃあねぇ」
「本当よね。お粥を渡すとき、笑顔のひとつもないし」
「炊きだしを手伝いたくないって顔に出てるわよね」
「思っていても態度に出すようじゃ……」
「そうそう。だから二十歳になっても結婚できないのよ」
中年女性たちが、私をちらちらと見ながら話している。
余計なお世話。
そう言ってやりたい。
でも、言葉を飲みこむ。
だって、本当のことだから。
「あんなツンツンしたご令嬢さまを妻にしたら大変だろうからね」
「パッツィ小領主さまはお優しくて立派な方なのに……」
「本当に血が繋がっているのかしら」
「もしかして、よその女に産ませた隠し子?」
「ありえる話ね」
中年女性たちの話は止まらない。
ため息が出る。
どう思われようとかまわない。
たとえそれが嘘であっても。
「いいのか? あんなこと言われて」
ジェロが不安そうな顔で見てくる。
「否定すれば余計に怪しまれるだけよ」
「それはそうだけど……」
「構いません」
「嘘は否定しておかないと……」
「父と血が繋がっていないと思われるなんて、私にとっては光栄なことよ」
作り笑いを浮かべてジェロを見た。
「相変わらずだな」
ジェロがため息をつく。
その都度、怒ったり、否定したりしても無駄。
庶民たちは噂話という娯楽を楽しんでいるのだから。
放っておけばいい。
噂話も、それを聞き流すのも手慣れたものだ。
伯父が病死してから、ずっとやってきた。
できるだけ噂話を聞かない。
噂を耳にしても聞き流す。
このふたつを守って、かれこれ十数年。
疲れた。
でも、これは永遠に続く。
父が小領主である限り……。
発端は伯父であるデルカ小領主が病死したこと。
跡継ぎがいなかったため、デルカの妹の夫である父が小領主を継承した。
それに伴い、私は普通の娘から小領主の令嬢へ転身。
他者から呼ばれる名称が変わっただけで、私自身はなにも変わらない。
小領主の娘という肩書きになっても、なにひとつ変化しないと思っていた。
その考えは甘かった。
変化しないどころじゃない。
人生が変わってしまった。
住むところ。
着るもの。
食べるもの。
付き合うひと。
呼び方。
ひととの接し方。
一日の過ごし方。
あげればキリがない。
小領主の娘となってから、私は新たな人生を歩みはじめた。
楽しく、嬉しい道じゃない。
苦難のはじまり。
上り道じゃない、下り坂。
私は地獄へと向かっていく。
令嬢の仮面をつけて一直線に……。
いずれ地獄に辿りつき、業火の炎に焼かれる。
そう思っていた。
だけど、転機が訪れた。
私を地獄から救う最初の出来事。
それは十年前のこと。
父は私の父ではなく、パッツィ小領主だと気づいたときだった。
息苦しさと罪悪感から、私は貧困にあえぐ庶民たちに炊きだしをはじめた。
そういえば、ジェロに出会ったのはこの頃だったわね。
私は十年前に思いを
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