第102話 埋めた物の正体

 僕は記憶のはじまりの場所へと向かった。

 目的地はジェロに助けられたところ。

 僕が転生した場所であり、覆面男に首を絞められた現場だ。

 その場所へ近づくにつれ、妙な気持ちになった。


 穴に埋めた物の正体が判明すれば、覆面男を捕まえるきっかけになるかもしれない。

 そうなれば、孤児売買の黒幕がわかって事件が完全に決着する。

 期待に胸が膨らむ。

 それと同時に寂しさがぎる。


 もしかすると、僕が転生した原因がわかるかもしれない。

 それと同時に、元の世界に戻る方法も……。

 

 そうなったら、僕はどうする?


 異世界を離れ、元の世界に戻る。

 嬉しい。

 でも、寂しい。

 ここで知りあったジェロやヴィヴィ、ダンテとの別れを余儀よぎなくされる。

 当然、アリアとも……。

 会えなくなる、永遠に——。


 僕は慌てて首を横に振った。

 

 いまは目の前のことを考えよう。

 埋めた場所を思いだし、そこを掘る。

 それから、覆面男が必死になって奪おうとした物を手に入れる。

 

 そうだ。

 埋めた物を探そう。 

 気を取りなおし、走る。


 覆面男に首を絞められた現場に立った。

 息を整えながら、辺りを見渡す。

 この付近は見渡しが良く、物を隠すのには適していない。

 穴を掘るなら、身を隠せる場所にするだろう。


 となると……。


 周辺に視線を送っているさなか、ある地点で自然と動きが止まった。

 脳裏にふっと浮かぶ。

 足の長い雑草がしげる一角——。

 雑草に隠れるようにしてしゃがみ、両手で必死に土を掘っていく。

 

 あれは少年だ。


 脳裏に映像を浮かべたまま、歩きだす。

 どこへという意識はないのに、勝手に足が動く。

 一歩進むごとに記憶が鮮やかになる。

 少年が必死の形相で土を掘りながら、口を動かす。

 なにか言っている。


 なにを?


 耳を澄ませる。

「守るんだ。約束を……」

 息を切らしながら少年がつぶやく。


 守る?

 約束?


 疑問を持ったそのとき——。


『お願い、——を守って。これを持って——に身を——。また——、約束よ』


 脳裏に声が響く。

 

 まただ。

 前にも一度聞いた覚えがある。

 誰がどんな意味で言ったのかわからない。

 でも、妙に心に残る。


 これはきっと少年の記憶だ。

 少年が誰かに言われた言葉——。


 誰だろう?

 いま、僕は少年の記憶とリンクしている。

 だから、このまま探っていけばわかるはずだ。

 

 意識を集中させる。

 ——。


「レオ!」

 名前を呼ばれ、僕は我に返った。

 それと同時に脳裏から消えていく。

 少年の記憶、誰かの声が——。


「ダンテを連れてきたよー!」

 ヴィヴィが手を振りながらやってくる。

 その後ろにダンテもいた。


 僕は気持ちを落ちつけようと深呼吸をした。

 それから、なにげなく下を向く。

 

 ——この場所。


 脳がぴりりと刺激される。

 僕は視線の先をまじまじと見つめた。

 雑草が生い茂る場所。

 手で掘れそうな土——柔らかそうだ。


 ここ?


 まさかと思う。

 足がおもむくままに歩いた先が目的の場所なんてあり得ない。

 でも、そうだと確信に似た感情が芽生えた。

 僕にはわからないことでも、少年はしっかりと記憶している。

 少年の記憶が体を動かし、僕を導いているような気がしてならない。


「レオ、なにかあったのか?」

 ダンテがいつの間にか僕のそばに立っている。

『ここに覆面男の正体につながる物があるかもしれないんだ』

 詳細を省き、僕はヴィヴィに理由を伝えた。

 それを聞き、ダンテがうなずく。


「どうしてここに埋まっているってわかったんだ?」

 あえて黙っていたことをダンテが突いてくる。


 困った。

 包み隠さず全てを話せない。

 伝えたところで理解できないだろう。

 僕は異世界から転生してきた直後に覆面男に襲われた、なんて。

 頭がおかしい奴だと思われたくない。


 僕は黙って唇を噛んだ。

「……まぁ、言いたくないなら仕方ないな」

 ダンテが不満げにつぶやく。

「まぁまぁ、レオにも事情があるんだよ。そのうち話してくれるって、なっ」

 ヴィヴィが僕とダンテを交互に見ている。

『ごめんなさい』

 僕は頭を下げた。

「いいよ、別に。今日ここに呼んでくれたから」

 ダンテが僕の肩を叩いた。

「そうだよ。黙っていることもできたのに」

 ヴィヴィがにっと笑う。

『ありがとう』

「いいって、いいって。それより……」

 ダンテの目が下を向いた。

「掘ってみよう!」

 ヴィヴィが興味津々に目を輝かせている。

 

 僕はうなずき、しゃがみこんだ。

 すぐさま掘っていく。

 土は柔らかく、どんどんと掘れる。


 もう十年も前の出来事だ。

 もしかすると、誰かが掘りかえして持ち去ったかもしれない。

 たとえば覆面男とか……。


 不安を抱えながら掘りすすんでいく。

 ダンテとヴィヴィがじっと穴を見ている。

 そのなか、指先に土以外の物が触れた。


「あった?」

 ヴィヴィが聞いてくる。

 僕はそれをつかみ、一気に土から引きだす。

 

「なんだ、それ?」

 ダンテがじっとそれを見ている。

 それは土にまみれ、正体が判然はんぜんとしない。

 僕は土を払おうとそれを振った。

 土がぼろぼろと落ちていく。


 これは……。


「布? 手巾?」

 ヴィヴィが首をかしげる。

 土で汚れているものの、大きさや手触りからある程度の予想が可能だ。

「布だよな?」

 ダンテが聞いてくる。

『そうみたい』

 僕は布を広げて見せた

 特に柄もない、ただの布だ。

「?」

 僕たちは大きく首を傾げた。


 布——。

 そんな物のために覆面男は僕を追い、首を絞めたのか?


 意味不明。

 

 僕が重要な物を持っていると、覆面男が勘違いしたのか?

 その可能性はゼロとは言えない。

 でも、違うような気がする。

 僕がわからないだけで、この布には重要な意味があるのかもしれない。


 現時点では判断不可能。

 とりあえず、僕は布を大事に懐にしまった。


 突き進んでいた道先に、分かれ道を発見してしまった気分だ。

 

 布——。 

 新たな謎がひとつ増えた。

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