第101話 ふたつの記憶の境界

 荘園の小屋に戻り、僕は寝床に転がった。

 

 疲れた。


 ここ数日、偽ネウマ譜事件が起きてゆっくり眠れなかった。

 事件が解決したから、本当なら安心しで熟睡できる。

 でも、新たな問題が勃発ぼっぱつした。 


 ダンテが見た覆面男の二の腕の傷。

 それはアリアの護衛・エトーレにもある。

 ふたりが同一人物である証拠はない。

 だけど、体格や雰囲気から同一だと僕は思っている。


 問題はそれだけじゃない。

 僕が憑依ひょういする前、少年が穴にある物を埋めたことだ。

 それがなにかはわからない。

 だけど、そのある物を覆面男が奪おうとしている。

 執拗しつように少年と僕を追いかけ、殺そうとした。

 よほど重要な物なのだろう。


 金目のもの?

 いや、違う。

 お金が欲しいなら、金持ちを狙うだろう。


 覆面男の正体に関わるから?

 その可能性はある。

 でも、正体がバレたところでどうだというのだろう。

 非力な僕にはなにもできない。

 覆面男に大きな害はないように思う。


 だったら、どうして奪おうをする?

 

 ……わからない。

 時間をかけたところで答えは見つからないだろう。

 だったら、探せばいい。

 覆面男が必死になって奪おうとした、少年が穴に埋めた物を——。


 問題は、その場所がどこかだ。

 僕が転生してきたときには、すでにその物はなかった。

 つまり、覆面男に追われる前に埋めている。


 その場所は……。

 可能性のある場所を模索していく。


 僕が見た少年の記憶には、その物を手にいれた経緯が欠けていた。

 記憶のはじまりは、それを持ってどこかへ向かっている道中。

 そのさなか、覆面男に追われた。

 

 追われているとき、少年はそれを持っていたのだろうか?

 おそらく、すでに埋めた後だと思う。

 逃げながら穴を掘るなんて無理だから。


 そうなると、埋めた場所は覆面男に追われる前にある。

 それはどこだ?


 記憶を探っていく。

 だけど、それを手に入れて穴を掘って埋めたのは僕じゃない。

 少年だ。

 僕の記憶を探ったところで答えは見つからない。


 どうすれば……。


 覆面男の正体につながる鍵になる唯一の物。

 どうにかして手に入れたい。

 でも、いくら考えても思いだせない。

 意識的に少年の記憶にアクセスできるのが一番。

 でも、やろうと思って簡単にできない。

 いまがそう。

 少年の記憶を覗こうと意識しているけど、うまくいかない。


 じゃあ、どうする?


 ため息が出てくる。

 せっかくつかんだ覆面男につながる鍵。

 だけど、それに合う鍵穴は僕の記憶にはない。

 

 どうしたものか……。

 

 腕を組み、普段使わない脳みそをフル回転。


 ふたつの記憶——。

 少年と僕。

 その境はどこなんだろう。

 ふと思った。


 僕は少年の体に憑依ひょういしている。

 だから時々、なんらかのきっかけで無意識に少年の記憶が浮かぶ。

 その記憶は僕が憑依する前後のもの。

 僕の記憶ではないのに……。


 不思議な現象だけど、僕と少年の記憶の一部が混ざりあっている気がする。

 少年が体験したこと、感じたこと。

 それらを僕は感じる。

 自分のことのように……。


 だったら、きっと思いだせる。

 少年の記憶をさかのぼっていけば、どこに埋めたのかを——。

 記憶を逆再生させたように、僕がたどった道を実際に戻っていけばいい。

 そこにヒントがきっとあるはずだ。

 可能性が少しでもあるならやってみよう。


 朝、僕は寝床から起きあがり、目的の場所に向かおうとした。

 そのとき、不意にダンテの顔が思い浮かんだ。

 昨日、覆面男の捜査に協力すると約束した。

 だったら、誘うべきだろう。


 僕は小屋を出て、真っ先にパン屋き小屋へ行ってヴィヴィに会った。

 ダンテをある場所に連れてきてほしいと頼んだ。

 その場所とは、僕が転生した地点——覆面男に首を絞められた地点。

 ヴィヴィは理由を聞かず、ふたつ返事で請け負ってくれた。

 きっと、切羽詰まったような雰囲気を察してくれたのだろう。

 僕は先に行くことを告げ、走りだした。


 ヴィヴィとダンテが合流するまでに、埋めた場所を探しておきたい。

 無駄骨になるかもしれないけど、そうなったら笑って許してもらおう。

 でも、不思議と予感がした。


 少年が埋めた物が見つかる、と。

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