第100話 一悶着の末の偶然

 —— 覆面男の正体に目星はついているんだ。

 ダンテの言葉が頭のなかで繰りかえされる。


 目星がついている?

 覆面男の?


 ごくりと唾を飲みこんだ。


『誰?』

 僕はダンテの腕を強くつかみ、何度も引っ張る。

『覆面男は誰なの?』

「覆面男のこと?」

 ダンテが確認するように聞いてくる。

 すぐさま僕はうなずく。

 

 早く知りたい。

 いますぐ知りたい。

 気持ちがく。

 

「昔、覆面男に捕まったとき、たまたま見たって話しただろう」

 言いながら、ダンテが自分の右腕を指した。

 

 二の腕——。


 僕の脳が反応した。

 瞬時に覆面男の右腕——二の腕にあった大きな傷が脳裏に浮かぶ。


「こんな感じの大きな古傷があったんだ」

 ダンテが人差し指を二の腕に近づけ、上から下に向かって動かす。

 記憶に残っている傷を描いているのだろう。


 僕が見た傷と同じだ。


「人相は覆面で隠れていてわからない。だから、右腕の傷が手がかりになる」

『うん』

 ダンテの意見に賛同した。


『でも、袖に隠れている部分だから探すのは難しいよね」

 僕は自分の袖に触れた。


 普通にしていれば、袖に隠れてしまう場所だ。

 だから、傷があるかどうか容易に確認できない。


「無理やり袖をめくるわけにはいかない」

『そうだね』

「だから、ずっと覆面男を発見できずにいたんだけど……」

 もったいぶるようにダンテは口を閉ざした。

 それから、僕を見る。


「レオのおかげで覆面男の目星がついたんだ」

『僕?』

 自分を指差し、僕は首を傾げた。

 まるで覚えがない。

「うん、偶然だけどな」

『偶然?』

 まだわからない。

 僕が偶然なにをやったのだろう?


「少し前、市場で一悶着ひともんちゃく起こしただろう?」

『一悶着?』

 問われて僕は必死に考えた。


 市場でなにか……。

 覆面男には十年余り会っていない。

 手がかりなるような出来事もなかったように思う。

 なんだろう?


「わからないか?」

『うん』

「市場でパッツィ小領主さまのところのお嬢さまに会っただろう」

 言われてすぐさま思いだした。

 ヴィヴィと市場に出かけたときのことを……。


 あのとき、僕はまだアリアのことをよく知らなかった。

 ただただ嬉しくてアリアに声をかけた結果、エトーレとかいう屈強な男に制止された。


『うん』

「そのとき、お嬢さまの護衛の男に首を絞められたのを覚えているか?」

『もちろん。とっても苦しかったよ』

 いまでもはっきりと記憶している。


「偶然見たんだ」

 ダンテの声がいつもより低い。

『なにを?』

「右腕に傷があるのを」

 ダンテが右腕に視線を送った。

 その位置は、覆面男の特徴である大きな古傷と同じ。


 ちょっと待って。

 ということはつまり……。


「覆面男の正体はあの護衛——エトーレだ」

 声を押し殺し、ダンテが答える。


 僕は脳裏で覆面男とエトーレの姿を思い浮かべた。

 人相では比べられない。

 だから、体格を想像した。

 どちらも長身で屈強な体つきをしている。

 十年という年月を加味かみしても、同じように思える。


「俺はエトーレが覆面男だと思うんだ」

 ダンテの声がどこか暗い。

 覆面男の正体がわかって喜んでいる感じが一切しない。

「そうなると、難しくなる」

 大きなため息をつき、ダンテは腕を組んだ。

『難しい?』

「エトーレはパッツィ小領主さまの右腕だ」

 悩ましげにダンテが言った。


 ようやくダンテの憂いの正体が気づいた。

 もし覆面男の正体がエトーレなら、事は大きい。

 背後に権力を持つ小領主がいるかもしれないから。 

 それに……。


 アリア——。


 パッツィ小領主はアリアの父親だ。

 エトーレが独断で孤児売買に手を染めていたならいい。

 でも、もしパッツィが黒幕なら……。


「エトーレの独断で、パッツィ小領主さまは無関係だろうけど……」 

『えっ?』

 僕は食いいるようにダンテを見た。

「なぜって? ああ、パッツィ小領主さまは俺ら庶民の味方だからさ」

『庶民の味方って?』

「他の荘園に比べてここは平和だろう」

『うん』

「外敵の侵攻があったあと、税の軽減や炊きだしなんかの支援をしてれくた」

 僕は相槌を打つようにうなずく。

「だから、ここでは極度の貧困はないし、盗賊も少ない」


 僕が暮らす荘園は、他より安定しているのは確かだ。

 食糧は不足していないし、仕事もそれなりにある。

 盗賊はいるものの、他に比べると格段に少ない。

 庶民たちが明るく善良なのは、荘園を治める小領主に力があるから。

 そういえば、荘園内でパッツィを悪く言う者を聞いたことがない。

 

 そんなパッツィが孤児売買に手を染めているとは考えにくい。

 ダンテの言う通り、エトーレが勝手にやった犯罪なのだろう。


「憶測だけでエトーレをパッツィ小領主さまに突きだすのは無理だ」

『証拠がいるね』

「証拠……それを探していく」

『うん。僕も協力するよ』

 僕とダンテはがっちりと握手をした。


 ダンテと別れて小屋に帰る道中、僕はずっと考えていた。

 記憶のなかで見た少年が穴に埋めた物、それがなんだろうかと……。

 その物と孤児売買は直接関係ないかもしれない。

 でも、覆面男と関わりがあるのはたしか。

 

 穴に埋めた物を発見できれば、覆面男がエトーレであるという証拠につながるかもしれない。


 探そう。

 

 僕は決意した。

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