第99話 覆面男の正体の目星

 少年が受けとった物がなにか、とても気になる。

 でも、それを知る手段を記憶を辿る以外思いつかない。


「疲れたなら帰ろうか?」

 心配そうにダンテが聞いてくる。

『大丈夫』

 すぐさま僕は首を横に振った。

 今日を逃すと、今後ゆっくり話せる機会がない気がする。

 だから、このまま話したい。


『……それで、ダンテは覆面男に捕まったあと、どうなったの?』

 ダンテに話の続きを促した。

「奴隷商人のもとに戻されたんだ」

 ダンテは語りはじめた。

『逃げるのをあきらめたの?』

「いいや。あいつ……覆面男から逃れるのは難しいから待ったんだ」

『じゃあ、奴隷商人から逃げようとしたんだね』

「奴隷商人? ああ、そうだ。売られる前にな」

『さすがだね』

 僕は笑って見せた。


「そのあと、別の荘園に逃げこんで教会の世話になって……」

 細く長い息を吐き、ダンテが遠い目をした。

 当時を思いだしているのだろう。

 表情と雰囲気から、その教会での暮らしも大変だったことが想像できる。


「そこの教会はレオと暮らした教会以上にひどいものだったよ」

 予想通り、新たな教会でも苦労したようだ。

 ダンテの表情が苦しそうに歪んでいる。

「ガイオが大嫌いだった。でも、いまはそんな悪い奴じゃなかったって思える」

 苦笑いを浮かべた。

「一応、長所もあったしな」

『長所?』

「どこが長所かって? 小狡こずるいけど、孤児たちを統率していただろう」

 ダンテの言葉に僕はうなずいた。

 僕も同意見。

 

「俺が自立するまで世話になった教会は、完全に弱肉強食」

 大きなため息をつく。

「食糧の奪いあいは日常茶飯事さはんじ。それで命を失う孤児が大勢いたよ」

『修道士は止めないの?』

「修道士? 奴らは止めるどころか孤児から食糧を奪ってたよ」

『ひどい』

「ああ、ひどいだろう? カリファ修道士副長なんて目じゃないくらいに」

 ダンテは悲しみを帯びた笑顔を浮かべた。

 過去のことだから大丈夫だと僕を安心させるみたいに……。


「でもまぁ、そんな教会だったから僕は強くなれた」

 ダンテは力こぶを作ってみせた。

『うん。昔と全然違うよね』

「体力と腕力をつけて、それから脚力に磨きをかけた」

 誇らしげに胸を張っている。

『だから、商団に弟子入り……あっ、もしかしてあのとき」

 僕は話しながら思いだした。


 昔、僕がジェロに商人になりたいと伝えたときのこと。 

 教会を出るジェロを呼びとめて話している最中さなか、背の高い青年が弟子入り志願していた。

 足が速いことをアピールし、見事弟子になったあの青年。


「うん? 商団に弟子入り? あっ、思いだした? あれ、俺だよ」

 ダンテがにっこりと微笑む。

『やっぱり! あのとき、僕のことに気づいていたの?」

「ああ、すぐにわかった。昔と同じで小さくて弱そうだから」

 その言葉に僕は口をへの字に曲げた。

「冗談だって、本気にするなよ。見た目じゃなくて、話せないから気づいたんだ」

『本当に?』

「嘘じゃない。十年ぶりだったから、最初はわからなかったよ」

『そっか。ところで、商人になったのはどうして?』

 質問をしたものの、答えはなんとなくわかっている。

 でも、確認のために聞いてみた。


「孤児を奴隷商人に売っているのが許せなかったから」

 予想通りの答えが返ってきた。

「知りたかったんだ。なぜ、自分がこんな目に遭ったのかって」

『うん。わかるよ、その気持ち』

「それと、俺と同じような被害を受ける孤児をなくそうと思ったんだ」

 力強く話しているダンテの顔が少し曇っている。

『正義感が強いんだね』

 正確に僕の考えは伝わらないかもしれないけど、ゼスチャーをしてみた。


「偉いって?」

 ダンテが困惑している。

 違うけど、間違ってもいない。

 偉いと思う気持ちもあるから。


「偉くないよ。ただ、そうすることが罰を受ける代わりになるかなぁって」

 ダンテに悲しそうに言った。

『罰?』

「覚えてないか? 俺、故意に落ち葉に火を着けただろう」

『覚えているよ』

「その罰を受ける前に修道士さまたちにさらわれたんだ」


 奴隷商人に売られそうになり、結果としてダンテは教会からの罰を逃れた。

 でも、次の教会で苦労をした。

 だから、もうあの一件の罪を背負わなくてもいいと僕は思う。


「犯した罪は消えない。でも、つぐないたい」

『うん』

 僕は静かにうなずいた。


 罪を背負い、償っていく。

 これは罰じゃない。

 ダンテの正義だ。

 不幸になる孤児たちを救う。

 夢であり、希望。

 僕はそれを応援したい。


「今回の一件で思ったんだ」

『どんなこと?』

「覆面男を捕まえないと、孤児たちの売買は終わらないだろうって」

『うん、そうだね』

「だから、これからも覆面男を探しいていく」

 決意を固めるようにダンテが拳を固める。


『でも、右腕の傷以外に手がかりがないよね』

 僕はため息をついた。

 覆面男を探し続けて十年余り。

 一向に正体がつかめない。

 これからはダンテと協力できる。

 とはいえ、そう簡単には見つからないだろう。


「いや、実は目星はついているんだ」

 ダンテがさらりと言った。

『なんの目星?』

 僕は質問した。

「覆面男の正体だよ」


 えっ⁉︎

 覆面男の正体の目星がついているって?


 僕は息をするのも忘れるほど、大口を開け続けた。

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