第98話 レオになる前の少年の記憶

 僕がレオになる前の少年の記憶。

 そこに覆面男が求めている物がある。

 

 その物は、僕の転生と関係しているのだろうか?


 自問した。

 

 関係ない気がする。

 根拠はないけど、なんとなく感じる。

 でも、絶対に無関係とも言い切れない。

 だったら、記憶を探ってみよう。


 どこからはじめるのがいいだろう?


 少年のことをまるで知らないから、よくわからない。

 だったら、さかのぼっていこう。

 記憶の逆再生。

 一度やった経験があるからできるはず。


 覆面男に首を絞められている僕の姿を思い浮かべる。

 この場面は僕の記憶だ。

 少し巻き戻す。

 記憶のなかの僕の視線が、覆面男の右腕の大きな傷を見ている。

 まだ僕の記憶のままだ。


 もっと巻き戻せ。

 脳に指令を出した。

 でも、脳裏の記憶は静止したまま。


 おいそれと記憶を逆再生できないのは当たり前。

 そんなことはわかっている。

 でも、やる。

 どうしても必要だから。

 

 記憶のなかに覆面男につながるヒントが必ずある。

 頼む。

 どうか記憶を……。


 念を込めるように祈る。

 すると、動いた。

 止まっていた記憶が動きだす。


 僕が必死に走っている。

 

 これは僕の記憶じゃない。

 少年のものだ。

 よし、さかのぼっていこう。


 少年はときおり後ろを気にしながら走っている。

 視線の先には覆面男の姿が——。

 追われている。

 子供と大人とでは歩幅も速度も違う。

 追いつかれるのは時間の問題。


 少年が逃げ続ける。

 そのさなか、鋭い刺すような視線を感じた。

 でも、不思議なことに背後からじゃない。

 

 覆面男の視線じゃない?

 気になるけど、いまは少年が持っていると思しき物の正体を探るのが先だ。


 記憶をもっとさかのぼっていこう。

 覆面男に追われるその前まで——。


 脳裏に浮かんだ記憶が次第に闇に包まれた。

 緞帳どんちょうが下りるかのように。


 しばらくすると闇が消えた。

 脳裏に少年の背丈ほどある雑草が生えてるいる平原が浮かんだ。

 そこに少年がいた。

 その場にしゃがみこみ、背中を丸めてしきりに両手を動かしている。


 なにをしているんだろう?

 少年の様子をうかがった。


 土を掘っている。

 一瞬、遊んでいるのだろうかと思ったけど、すぐに違うとわかった。

 楽しい雰囲気の欠片かけらもない。

 必死の形相で一心不乱に掘っている。


 まさか。

 少年の行動の理由に気づいた。


 穴に埋めようとしている。

 覆面男から守るために——。


 少年は穴を掘る手を止め、辺りに視線を走らせた。

 警戒している。

 

 周辺には誰もいない。

 少年はほっと息を吐き、懐に手を突っこんだ。

 そこからなにかを取りだし、穴に入れた。

 すぐさま土を被せていく。

 一連の動きが素早く、無駄のない動きだったので見えなかった。

 少年がなにを埋めたのかを——。


 なにを埋めたんだろう?

 慌てて記憶を巻き戻そうとしたそのとき——。

 僕の意思を無視して、脳裏に浮かんだ記憶が闇に包まれた。

 なんとも都合よく記憶が飛んだ。

 

 次はどうなるのかと成り行きに任せた。

 脳裏に新たな記憶が浮かんだ。


 少年が人気ひとけのない山道をひとりで歩いている。

 誰かに追われている様子はない。

 嬉しそうに笑顔を浮かべ、足取りも軽やかに歩いている。


 様子からして、覆面男に追われる前の行動だ。

 少年がなぜ笑顔なのか、どうして人気のない道を歩いているのか?

 わからなことだらけだ。


 再び記憶が闇に包まれた。

 また場面が転換するようだ。

 次はどんな記憶が出現するのだろうか。

 僕は待った。


 ……なにも現れない。

 真っ暗なままだ。

 いくら待ってもなにも起きない。

 記憶が浮かぶでもなく、我に返るでもなく。


『お願い、——を守って。これを持って——に身を——。また——、約束よ』


 突然、暗闇のなかから声が聞こえてきた。

 幼い少女の声。

 

 誰?

 

 考えようとしたその瞬間。

 見えた。

 ほんの一瞬だけど、金髪に青い目の美少女の悲しげな表情が——。


 あの少女は……。


 考えようとした矢先、闇が消えた。

 まばゆい光が差しこんでくる。

 そのなかにダンテの顔が見えた。


「……レオ?」

 ダンテが僕の名前を呼んでいる。

「どうしたんだ?」

『う、ううん。なんでもないよ』

 慌てて僕は首を横に振った。


 おそらく、ほんの一瞬の出来事だったんだと思う。

 でも、記憶を探っている僕にとっては、相当長い時間に感じられた。

 その証拠に、体がどっと疲れている。


 僕は意識をはっきりさせようと、しきりに首を振った。

 その様子をダンテが不思議そうに見ている。


「大丈夫か?」

『うん』

 僕は答えながら別のことが頭にあった。


 覆面男が探している物。

 それを少年が手に入れ、土に埋めた。

 その後、僕がこの世界に転生して少年に憑依。

 僕を少年と同一人物だと思っている覆面男が、その物を取り戻そうとした。

 その結果、僕は首を絞められ……。


 一体、それはどんな物なんだろう?

 幼い子供を襲ってまで手に入れようとしたその物とは?


 少年の記憶を辿ればわかるだろうか?

 もう一度やってみようと試みたけど、疲れのせいかうまくいかない。

 

 少年が受けとって穴に埋めた物とはなんだろう?

 

 興味がわいてきた。 

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