第97話 あの時、僕の目に映ったもの

 覆面男を探す手がかりがある⁉︎

 僕は期待を込めた視線でダンテを見た。

 ダンテはしっかりとうなずく。


 手がかりがある!

 やっとつかんだ。

 それを手がかりに奴の正体がわかるかもしれない。

 

「奴隷商人に引き渡されたとき、逃げだそうとしたんだ」

 ゆっくりとダンテが語りはじめた。

 当時の記憶がよみがえってきたのか、苦しそうな表情を浮かべている。

「昔から足に自信があったからな」

 ふっと軽く笑った。


 そうだ。

 ダンテ——チーロは昔から走るのが早かった。

 その特技がいまに活かされている。

 奴隷商人から逃げ、商団に入る武器となった。


「なんとか逃げだしたんだけど、あの覆面男に捕まってしまって……」

 ダンテの話を聞いているうちに、僕のときの状況が重なってきた。


 同じだ。

 逃げだしたところを覆面男に追われて……。

 怖かった。

 きっとダンテも同じ思いをしたのだろう。


「覆面男の奴、俺を黙らせようと首を絞めたんだ」

 ダンテが首元をおさえた。


 これまた同じだ。

 僕がこの世界にやってきてすぐに陥った危機。

 首を絞められて窒息するかと思った。

 いまでもあの息苦しさをはっきりと覚えている。


「それで、抵抗したんだ。奴の腕をひっかりたりつかんだりして」

 身振り手振りを混えてダンテが説明した。

「そのとき、見たんだ」

 ダンテは両手を下ろし、視線を一点に集めた。

 右の二の腕を見ている。

 

「ここに……」

 自身の二の腕を指す。

「大きな傷があったんだ」


 傷?


 ダンテの言葉が頭のなかで繰り返される。


 右の二の腕に傷……。


 パチッ。


 指先に静電気が走ったような感覚が脳内で起きた。

 脳裏に浮かんだ右の二の腕の映像が弾ける。

 代わりに別の場面が思い浮かんだ。


 覆面男が首を絞めている。

 僕を——。


 すぐさま転生直後のことだと気づいた。

 覆面男に首を絞められている。

 もう過去のことだ。

 それなのに息苦しく感じる。

  

 手足をばたつかせている僕。

 それでも首の締めつけはゆるまない。

 必死に抵抗する僕。

 その直後——。


 僕の目に映った。

 覆面男の右袖がめくれ、そこにある。

 確かにあった。

 傷が——。


 それは昨日今日できたものじゃない。

 かなりの古傷だ。

 つまり、年月を経て完治して消えている可能性は低い。

 いまもまだ、右腕にしっかりとあるはずだ。


 覆面男を探す手がかりになる!


 この世界にやってきて十年。

 やっと見つけた。


 歓喜しているさなかも、脳裏にはあの当時の記憶が浮かび続けている。

 

 覆面男の手から逃れようと僕は必死に抵抗。

 手足を動かし、もがいている。

 でも、覆面男は少しも動じない。

 首を絞められたままの僕は、次第に手足の動きが鈍くなっていく。

 酸欠状態になり、動けなくなっている。

 目もうつろになり、手足がだらんと垂れさがった。

 

 おそらく、このときの僕は意識が朦朧もうろうとしていただろう。

 でも、まったく記憶がないわけじゃない。

 うっすらと覚えている。

 そう、うっすらと……。


 記憶を辿っていく。


 首を絞められた痛み。

 それから、息苦しさ。

 ちゃんと記憶している。

 他に覚えていることは……。


 視線は覆面男の右の二の腕にある。

 僕はおぼろげながら見ていた。

 大きな傷を。

 それから……。

 聞いていた。


 ……聞いていた?

 なにを?


 細い糸を針穴に通すような気分で記憶を探る。


 声だ。

 低い声が僕に尋ねた。


『盗んだ物をどこに隠した?』


 そうだ。

 間違いない、そう言っていた。

 声の主は……。

 覆面男だ。


 ずっと疑問だった。

 なぜ、転生直後、僕は覆面男に追われ、首を絞められたのか?

 答えがようやくわかった。


 覆面男はなにかを探していて、それを僕が持っていると思っている。

 その物とは?

 

 どれほど考えても思いつかない。

 もしかすると、覆面男の思いこみじゃないだろうか。

 僕はそれを持っていない。

 でも、覆面男は僕が隠し持っていると思っている。


 もしそうなら、とんだとばっちりだ。

 でも、もし、本当に僕が持っているのだとしたら?

 

 いや、何度考えても覚えがない。

 やっぱり覆面男の勘違いだ。

 そう結論づけようとしたところで、ひとつの可能性に気づいた。


 僕がレオと名付けられる前、なにかあったのだとしたら?

 

 現代日本にいた十八歳の僕が、突然異世界に転生した。

 それも五歳の少年に憑依ひょういして……。

 だから、僕は知らない。

 少年の本当の名前も過去も……。


 僕が憑依する前に少年が、そのある物を持っていたとしたら——。

 もしそうなら、いまの僕が知るよしもない。

 

 いや、待って。

 わかるかもしれない。

 転生直後、たしか僕は少年の記憶を多少は有していたように思う。

 だとするなら、僕の……いや少年の頭のなかにあるはずだ。


 転生直後にあった少年の記憶。

 それを探るんだ。

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