第96話 覆面男を探す手がかり

 孤児売買の取引き現場に現れた覆面男。

 奴の正体は不明のままだ。

 正体を暴き、捕まえてこそ事件解決と言える。


「覆面男の正体は?」

 ダンテが念押しするように聞いた。

「覆面男……?」

 腕組みをし、ダレッツォが視線を宙に彷徨さまよわせている。

 その態度から、隠し事をしようとしている雰囲気は一切ない。


「レオに弓を射た男のことですか?」

 確認するようにダレッツォが質問をした。

「そうです。あの男は修道士副長さまと奴隷商人の橋渡しをしていました」

 ダンテの返答にダレッツォの顔が険しくなった。

「弓を射たということ以外はなにも……」

 ダレッツォが申し訳なさそうに答える。

「そうですか。もし、なにか思いだしたら教えてください」

「わかりました」

 ダレッツォが神妙にうなずいた。


「とりあえず、一件落着だな」

 明るい声でジェロが言った。

「うん。レオが無事でよかった」

 バンザイのポーズでヴィヴィが喜びを表現。

「レオだけ? 俺はどうでもいいわけ?」

 不満げにダンテがつぶやく。

「ダンテ? あぁ、うん、よかった、よかった」

 適当にあしらうように言い放つヴィヴィを見て、ダンテが笑顔を浮かべた。


「では、私はカリファ修道士副長に処分を伝えてきます」

 ダレッツォは軽く頭を下げ、この場から立ち去った。

「じゃあ、俺は商売人たちに会ってくるよ」

 ジェロが行こうとするのをヴィヴィが止めた。

「どうして?」

「一応納得してくれたみたいだけど、念のため騒がせてしまった謝罪をしにな」

「さっすが、ジェロ。商人の鏡だね」

 ちらりとヴィヴィがダンテを見た。

「……あっ、俺も行く」

 慌ててダンテが志願したけど、ジェロはそれを手で制した。

「俺ひとりでいいよ。レオといろいろ話したいことがあるだろう」

 ウィンクをし、ジェロは去っていった。


「本当にジェロって良い男だよね」

 ヴィヴィがふっと息を吐く。

「それって、俺への当てつけか?」

「ううん、別に。ジェロが特別なんだよ。ダンテは……普通かなぁ」

 言い終えるいなや、ヴィヴィは笑った。

『ダンテも良い男だよ』

「なんだって?」

 ダンテが僕を見た。

「レオがね、ダンテも良い男だって慰めてくれたんだよ」

『ち、違う。本心からそう思ってるよ』

 僕は必死に首を振って否定。

「ヴィヴィ。レオの言葉を曲解きょっかいして伝えてないか?」

「さぁねぇ。じゃ、邪魔者は消えるとするか。おふたりさん、ゆっくり昔話でもしなよ」

 ヴィヴィが手を振り、去っていった。


 昔話……。

 別れてからのことを知りたいと思う。

 でも、ヴィヴィがいないと意思疎通が難しい。

 そのことに気づかないヴィヴィじゃない。

 それでもあえて立ち去った。

 自力で気持ちを伝えろってことなんだろう。


「レオ」

 ダンテが声をかけてきた。

「ずっと黙ってて悪かったな」

『ううん、気づかなかった僕が悪い』

「気づかなかった……ああ、それはしょうがないよ」

 言いながらダンテは手を上に伸ばした。

「こんなにもデカくなったんだからな」

『あんなに小さかったのにね』

 僕は激しくうなずいた。


「俺がどうやて教会から消えたか、知りたいんだろう?」

 急に真面目な顔をしてダンテが言った。

 和やかな雰囲気が一段暗くなる。

『うん。なにがあったの?』

 僕の質問の意図を察したらしく、ダンテはふっと息を吐いた。


「あの日——火事があった夜、俺は罰として小屋に閉じこめられた」

 ダンテは苦々しげな顔をしている。

 火事が起きた原因は放火。

 それをやったのはチーロ——ダンテだった。

 自ら罪を告白し、その結果、罰として小屋に監禁。

 その翌日、チーロは忽然と姿を消した。

 カリファは、罰せられるのを恐れて逃亡したと結論を出したけど……。


「暗い小屋のなか、俺は反省したよ。なんてことをしたんだって」

 ダンテは目を閉じた。

 脳裏には当時の惨状さんじょうが浮かんでいるのだろう。

 すぐさま目を開けた。

 息苦しそうに喉を押さえている。

「そうしたら、小屋にカリファと修道士たちがやってきたんだ」


 僕のときと同じだ。

 誰もいないときを見計らい、カリファが息のかかった修道士を連れてきた。

 それから、僕を袋に放りこんで連れ去る。


「大きな袋に入れられて……気づいたら、見知らぬ男たちに囲まれていた」

 当時を思いだしたのか、ダンテが軽く身を震わせた。

「カリファの言葉から、そいつらは奴隷商人だってわかった」

 

 やはり同じだ。

 手口は単純。

 孤児をさらって奴隷商人に売る。

 その橋渡しをしたのが覆面男。


「他に覆面男がいて、そいつがどうやら黒幕っぽいんだ」

『黒幕?』

「なぜそう思うのかって?」

 ダンテに問われ、僕はうなずく。

「決定的な理由はないんだ。ただ、雰囲気がこう……普通じゃなくて」

『覆面男について知っていることは?』

「覆面男が誰かって?」


 ちょっと違うけど、まぁ、いいか。

 僕は肯定の意思を伝える。


「知らない。だから、ダレッツォ修道士長さまに聞いたんだ」

『そっか』

「名前はもちろん、顔もわからない……正体不明だ」

 お手あげといった風に両方の手のひらを上に向けた。

「でも……」

 ダンテの目が光る。

『なに?』

「正体を探る手がかりがひとつだけある」


 えっ⁉︎


 僕はダンテの腕をつかんだ。


 手がかりってなに⁉︎

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