第95話 教会の光
カリファの処分をどうするか——。
ずっと延び延びなっている。
そろそろ決めなければならない。
「みんなで話しあった通り、ダレッツォ修道士長さまに一任するのでどうだ?」
ジェロが僕たちを見渡している。
僕はうなずいた。
続いて、ヴィヴィも。
ダンテはというと、なにやら思うところがあるのか口をきゅっと結んでいる。
「私に処分を任せると?」
ダレッツォが苦笑いを浮かべている。
「ええ、修道士長さまは教会の責任者ですから」
ジェロの言葉にダレッツォが一瞬顔を歪めた。
「罪を犯したこの私が?」
「やったことは罪かもしれないけど、孤児たちを助けるためにやったんだから……」
ヴィヴィが
でも、ダレッツォはそれを拒否するように首を横に振った。
「罪は罪」
きっぱりと言い放つ。
「……だったら、俺が修道士長さまに罰を下します」
意を決したようにダンテが言った。
誰もがダンテに視線を向けている。
「ダンテが?」
ジェロが意外そうな顔をした。
「レオと同じく、俺にはその権利があると思います」
「……偽ネウマ譜事件に巻きこまれたからか?」
ジェロの問いに対し、ダンテは少し間をあけてから首を横に振った。
「だったら、なんで……」
「俺も被害者だから」
ヴィヴィの言葉にすぐさまダンテは反応した。
そうだ。
僕以上の被害者がここにいる。
ダンテとしてではなく、チーロとして……。
「そういえば、ダンテは子供の頃、カリファに売り飛ばされたんだよね」
何気なく発したヴィヴィの言葉にダレッツォが反応した。
目を見開き、ダンテをまじまじと見つめている。
「きみはもしかして……」
目を潤ませている。
初めてダンテと会ったとき、僕は気づかなかった。
あの小さくてガリガリだったチーロがダンテであるなんて。
でも、話しているうちに親しみを抱いたのを覚えている。
同じようにダレッツォも感じているのかもしれない。
「もしや……」
ゆっくりと手を伸ばしていく。
ダレッツォの指先がダンテの頬に触れた。
「チーロ」
ダレッツォが名前を呼んだのと同時に、ダンテの目から涙が溢れた。
本当の名前を呼ばれた嬉しさ。
十年の年月を経て変わってしまったのに気づいてくれた驚き。
様々な思いがその涙に詰まっている。
「よかった、無事に育ってくれて」
ダレッツォの手がダンテの頬から離れていく。
「修道士長さま……」
ダンテは深々と頭を下げた。
「孤児たちが行方不明になる一件をずっと案じていました」
苦痛に満ちた表情でダレッツォが話しはじめた。
「ですが、策を講じることもせず……」
視線を下に落ちていく。
「不正行為も孤児たちの行方不明も、なにもかも私の責任です」
顔を上げ、ダンテを見据えた。
「チーロ、私を罰してください」
真っ直ぐにダンテを見つめている。
「カリファ修道士副長さまの処分を決めてください。それから……」
ダンテは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いていく。
「ひとりでも多くの孤児たちを救うために、今後の人生を捧げてください」
ダレッツォの手を握り、ダンテが言った。
「もし、教会の孤児たちがひとりでも不幸になったら……」
「もう二度と同じ過ちは犯しません。命ある限り、孤児たちを守ります」
ダレッツォはダンテから手を離し、自身の胸に置いた。
「信じます」
ダンテがにっこりと微笑んだ。
「俺ら商団も協力するので、孤児たちを守っていきましょう」
ジェロもまた、胸に手を置いた。
「あたしも手伝うよ」
『僕も』
孤児たちを守る、この一点で僕たちの意見は一致。
それと同時に孤児行方不明、偽ネウマ譜の事件の幕が下りる。
「カリファ修道士副長の処分ですが……」
話しながらダレッツォはダンテを見た。
「修道士の身分を
ダレッツォの視線がダンテから僕に移った。
ダンテと比べたら被害は少なかったけど、僕もまた被害者のひとり。
だから、ダンテだけでなく僕にも了承を得ようとしているのだろう。
『小領主さまに突きだすよりいいと思う』
僕はヴィヴィに通訳を頼んだ。
「レオは賛成だって。あたしも同感。孤児たちのために働かせるのが一番だ」
ヴィヴィは満足そうにしている。
「俺はレオとダンテがそれでいいなら……」
ジェロがダンテに意見を求めるように視線を送った。
「賛成です。小領主さまに突きだして体罰を受けさせても、孤児たちへの罪滅ぼしにはなりませんから」
「うん、うん。修道士副長さまにネウマ譜を書いてもらえば、商団も孤児たちも潤うよね」
ヴィヴィが嬉しそうに微笑んだ。
「では、そのように処分しましょう」
ダレッツォの締めの一言でカリファの処分が決定した。
偽ネウマ譜事件が起きてから、いろんなことがあった。
過去の孤児の行方不明事件に繋がり、ずっと探していたチーロと再会。
そして、教会の光と陰——。
カリファは僕が教会の光だと言った。
僕の採譜の能力が教会を助けるかもしれないと思ったからだろう。
でも、それは違うと断言できる。
僕ひとりではなにもできない。
教会の光は孤児たちだ。
あと、それを助けるダレッツォ、ジェロ、ダンテ、ヴィヴィ……大勢の支援者たち。
孤児たちが写譜を覚えれば、教会の収益につながる。
それは同時に孤児たちの自立後の足がかりとなるはずだ。
僕は光じゃない。
カリファもそのうち気づくだろう。
採譜師となって孤児たちのためにネウマ譜を書いているうちに——。
「……ダレッツォ修道士長さま」
明るい雰囲気に包まれているなか、ダンテが声をかけた。
「どうかしましたか?」
ダレッツォが答える。
「教えてください。あの覆面男は誰なんですか?」
ダンテの眼光が鋭い。
そうだ。
まだ終わっていない。
孤児の行方不明事件はまだ未解決。
実行犯はカリファだけど、取引き現場にいた覆面男の正体は不明のまま。
僕はダレッツォの答えに注目した。
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