第94話 ダレッツォが描いた計画

「ダレッツォ修道士長さま。無関係のあなたが罪を被らないでください」

 必死の形相でダンテが訴える。

「それは違います。無関係どころか、今回の一件の中心にいます」

 ダレッツォは引かない。

「なにもかも、カリファ修道士副長さまがやったことです」

 ダンテは説得を試みた。

 だけど、受けいれる気配はない。

「たしかにカリファ修道士副長が犯した罪です。でも、そうさせてしまった私もまた罪人……」

 ダレッツォは反論しようとするダンテの肩に手を置いた。

 その意をみ、ダンテは黙っている。


「慣例化した不正取引きをやめようと模索し続けてきました」

 顔を少し歪め、苦しそうにダレッツォが語りはじめた。

「私腹を肥やすための不正なら、ただすのは簡単」

「でも、動機が外敵による支援金の減少だから……」

 ジェロが同情するように言った。

「そう……この不正行為は、いわば必要悪」


 必要悪——。

 嫌な言葉だ。

 悪事を正当化するための言い訳だから。

 でも、その悪がないと立ち行かない現実がある。

 

「嫌な言葉です」

 ダレッツォの口から、僕の気持ちを代弁するような言葉が出てきた。

 だとするなら……。


「不正行為を必要悪という言葉で正当化するのは、問題を棚上げする行為です」

「……そうやって棚上げした結果、慣習化してしまった」

 ダレッツォの発言を受け、ジェロがやりきれないといった風につぶやいた。

「私は悪習を断ち切りたかった。その方法をずっと考えていたとき……」

 話しながらダレッツォが僕に視線を送ってきた。

 意味ありげに見つめている。

「レオと出会いました」

 一斉に僕に視線が集まった。


「不正行為が行われた根本的な原因は、外敵の侵攻でも支援金の減少でもありません」

 この説明にヴィヴィが不思議そうな顔をした。

 ダンテも似たような雰囲気だ。

 ただひとり、ジェロだけは納得したようにうなずく。


「教会が稼げないことですね」

 ジェロの発言にダレッツォは満足そうにしている。

「教会に稼ぐ手段があれば、外的要因に左右されずに孤児たちを養えます」

「稼ぐ手段か……それがないから小領主さまたちに頼ってきたんだよね」

 ヴィヴィが頭を整理するように言った。

「そうです。だから、私は稼ぐ手段として……」

 語りながらダレッツォは棚から丸めた紙を一枚手にした。

 それをヴィヴィに差しだす。


「なんですか、これ?」

 ヴィヴィが紙を広げていく。

「あっ、ネウマ譜」

 ダンテが言った。


 あっ、そういうことか。

 僕はピンときた。

 孤児の僕を採譜師にしようとした真意を——。


「稼ぐために私とカリファ修道士副長でネウマ譜を書いています」

「それを俺らの商団が買取って、高値で売る」

 ジェロが誇らしげに言った。

「ええ、とても助かっています。でも、全然足りません」

「……じゃあ、もっと高値で買い取るように親方に伝えますよ」

 ジェロの提案にダレッツォが首を横に振った。

「値段じゃありません」

「だったら、なにが足りないんですか?」

 ダンテが疑問をていした。

「採譜師の数です」

「えっ? 教会にはおふたり以外にも採譜師がいますよね?」

 ジェロの質問にヴィヴィも同意した。

「ほとんどが修行中の身。売れるネウマ譜を書けるのは私と修道士副長だけ」

 ダレッツォがちらりと僕を見た。


「レオと出会って、新たな可能性を見出みいだしたのです」

「もしかして……」

 なにか気づいたらしく、ジェロの表情が明るくなった。

「レオを採譜師にして、そのあと孤児たちに写譜を指導させようと計画した」

 ジェロの発言に対してダレッツォは肯定の意を示した。


 なるほど。

 商団が販売しているネウマ譜は、採譜したものだけじゃない。

 すでにあるネウマ譜を写した写譜もある。

 さすがに普通の孤児が採譜師になるのは無理だ。

 でも、書き写すだけなら訓練次第ではうまくいく可能性がある。


「孤児を写譜師にする?」

 ヴィヴィがぽかんとしている。

「そうです」

 ダレッツォが答える。

「ねぇ、レオ。練習すれば誰にでもネウマ譜が書けるの?」

 ヴィヴィが聞いてくる。

『採譜は無理かもしれないけど、写譜だけならできるかもしれない』

「本当? だったら、あたしにもできるかなぁ?」

「ヴィヴィは無理じゃない? 繊細とはほど遠い感じが……」

 ダンテが話しているさなか、ヴィヴィが目を吊りあげた。

 それに気づいたダンテが、そっと口を閉ざす。


「絵が上手な孤児たちを集めるので、写譜を教えてくれませんか?」

 ダレッツォが真剣な眼差しで頼んでくる。

 僕の一存で決めていいことなのかどうかわからない。

 思わずジェロに助け舟を求めた。


「商団側としては願ったり叶ったりです」

 ジェロが答えた。

「俺も同感。孤児たちが写譜を学べば教会も商団も潤います」

 ダンテが微笑む。

「それはいい提案だね。で、肝心のレオはどう思う?」

 ヴィヴィに問われた。

 全員が期待に満ちた目で僕を見ている。


『もちろん、いいよ。教会に恩返ししたいし』

「教会に恩返ししたいからやるってさ」

 ヴィヴィが僕の意思を伝えると、ダレッツォが嬉しそうに微笑んだ。


「この計画がうまくいけば、悪習を断ち切れる日が訪れるかもしれません」

 ダレッツォが力強く言った。

 必ずやり遂げるという決意を感じる。


「俺らも協力します。必ず不正取引きをなくしましょう」

 ジェロがダレッツォに手を差しだした。

 その手をダレッツォが握る。

 その様子を見たヴィヴィが嬉しそうに拍手を送った。


 時間がかかるだろうけど、教会は生まれかわれるはずだ。

 誰にも頼らず、振りまわされず、自立した教会になる。

 そうすれば、多くの孤児たちが救われるだろう。


「でさ、話をもとに戻すけど、カリファ修道士副長さまの処分はどうするの?」

 やる気に満ちあふれた雰囲気のなか、水をさすようにヴィヴィが言った。

 

 どうするんだろう?


 僕はダレッツォを見つめた。

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