第93話 責任の所在

「まだ問題があるのか?」

 ジェロが表情を歪めた。

「偽ネウマ譜以外のことはありません」

 ダンテが即座に答える。

 ジェロとダンテが揃って首を傾げた。


「カリファのことだよ」

 ヴィヴィが苛立いらだっている。

「あっ、その問題があったな」

 ダンテがため息をつく。


 偽ネウマ譜の一件は、ジェロの活躍により事件化せずに済んだ。

 でも、現実に事件は起きた。

 カリファが僕の筆跡を真似て偽ネウマ譜を作り、本物とすり替えている。

 表沙汰にならなかったけど、罪は消えない。


「ヴィヴィはどうしたいんだ?」

 ジェロが質問すると、なぜかヴィヴィが僕を見た。

「被害をこうむったレオがどうしたいかによるけど……」

『僕?』

「そう。一番の被害者だからさ」

『一番は商団だと思うけど』

「商団もそうだろうけど、レオが一番商売人たちに責められたじゃないか」

 ヴィヴィの鼻息が荒い。

「ヴィヴィの言う通りだな。レオはどうするのがいいと思う?」

 ジェロが僕に意見を求めてきた。


 僕は悩んだ。

 本心を言えば、カリファには罰を受けてほしい。

 つまり、小領主に突きだして荘園の法で裁く。

 だけど、それはできない。

 教会と孤児のことを考えると……。


 だからといって野放しにはできない。

 陰でこっそりカリファを痛い目に合わせる……なんてこともダメだ。

 私怨しえんを晴らしたところで、新たな恨みを生むだけ。

 

 これで終わりにしたい。

 

 そうするには、僕がこれ以上カリファに関わらないのがベスト。

 見逃すのではなく、相応の罰を受けさせる。

 僕以外の誰かの手によって……。


『教会で起きたことだから、ダレッツォ修道士長に一任するのがいいと思う』

 ヴィヴィを通じて僕の考えを伝えた。

 すると、ジェロとダンテが納得したように大きくうなずく。

「あたしはレオの意見に従うよ」

「じゃあ、決まりだな」

 ジェロは執務室のある方向に視線を送った。

 急げとばかりにヴィヴィは先頭を切って駆けだす。

 そのあとをダンテが慌てて追っていく。

 ヴィヴィが感情任せに行動するのを恐れているのかもしれない。

 僕とジェロは顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。


「……そうですか」

 ジェロから事の顛末てんまつを聞いたダレッツォはうなだれた。

 発せられた言葉から、悲しみや落胆といったものを感じる。

「カリファ修道士副長がそんなことを……」

 深いため息をつく。

 とても悲しげな目をし、僕を見つめた。

「レオ、本当に申し訳ありません」

 ダレッツォが深々と頭を下げる。

 僕は困惑した。

 罪を犯したのはカリファでダレッツォじゃない。


「おそらく、すべての発端は私にあるのだと思います」

 視線が宙をさまよっている。

「ダレッツォ修道士長さまが?」

 ジェロが首を傾げた。

 対して、僕とヴィヴィ、ダンテは互いに顔を見合わせる。


 ダンテはジェロを教会に連れてくる道中、今回の件を包み隠さず全て報告したそうだ。

 だから、ダレッツォが完全に無関係ではないと知っている。

 それなのに、ジェロは首を傾げて素知らぬ顔を決めこむ。


 もしかして、あえて知らないふりをしている?

 教会の事情をおもんぱかって……。


「みなさん、ご存知なのでしょう」

 ダレッツォが僕たちを見つめている。

 

 ダレッツォもまた気づいているようだ。

 僕たちがすべて……教会の陰を知っていると。


「今後のこともあります。互いに知らぬふりはやめましょう」

 ダレッツォの提案にジェロがうなずいた。

「そうですね。では、腹を割って話しましょうか」

 今度はダレッツォがうなずく。

「私に聞きたいことがあるならどうぞ。すべてお話しします」

「はいっ!」

 ヴィヴィが元気よく手をあげた。

 答える代わりにダレッツォがヴィヴィに目を向ける。


「カリファ修道士副長さまから聞いたんですけど」

 そう前置きをしたあと、ヴィヴィは口を閉ざした。

 元気よく発言したものの、どう話そうかと考えあぐねている感じがする。

「教会の陰について……」

 ダンテがヴィヴィの気持ちを代弁した。

「陰?」

 ダレッツォが疑問を呈した。

 教会の陰というのは、小領主たちとの裏取引きを表現したカリファの言葉だ。

 ダレッツォは初耳だったのだろう。


「支援金にまつわる、小領主さまたちとの裏取引きの件ですよ」

 ジェロが答えた。

 すると、ダレッツォが唇を噛んだ。

「カリファ修道士副長がそんなふうに取引きを呼んでいたんですね……」

 苦渋に満ちた顔をし、ダレッツォが目を伏せた。


 カリファから聞いた教会の陰は嘘じゃなかった。

 肯定の言葉はないけど、ダレッツォの様子がすべてを物語っている。

 

 認めた、不正行為を——。


「本当のことなんですか?」

 ダンテが悲しげな顔をして聞いた。

 否定してほしい、そんな思いがひしひしと伝わってくる。

「事実です」

 申し訳なさそうにダレッツォが答える。


 僕は息を飲んだ。

 ヴィヴィは口をへの字に曲げている。

 ダンテはいまにも泣きだしそうな顔をした。

 ジェロは深いため息をつく。


 誰もなにも言えず、黙っている。

 その沈黙をダレッツォがやぶった。


「小領主さまたちとの裏取引きは、教会で慣例化していました」

「どうして? ダレッツォ修道士長さまは不正とは無縁の方だと思っていたのに」

 ダンテは怒りの矛先をどこに向けていいのかわからず、何度も床を蹴った。

面目めんぼくありません」

 ダンテに向かって深々と頭を下げる。

「教会の慣習だったのでしょう。ダレッツォ修道士長さまがどうこうできる話じゃ……」

 ジェロがダレッツォを擁護ようごした。


「いいえ。私がしっかりしなかったばかりに、カリファ修道士副長が罪を犯したのです」

 ダレッツォがしっかりした口調で発言した。

「修道士長さまは関係ないよ」

 ヴィヴィが受けいれないとばかりに口を挟んだ。

「それは違います。彼の罪は、私の不甲斐なさが招いた結果」

 優しげな視線でダレッツォはヴィヴィを見た。


「今回の一件の責任の所在は私にあります」

 きっぱりと言い放つ。

 僕たちはみんな驚いた顔をした。

 

 ダレッツォはカリファの罪を背負うつもりなのだろうか?


 僕の目には、ダレッツォが覚悟を決めたように映った。 

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