第40話 ヴィヴィに対する小さな疑念

 助けて!


 誰にも届くはずがない。

 心のなかでなにを考えようが、叫ぼうが伝わらない。

 もし伝わるとすれば、相手はただひとり。

 脳裏にその人物の顔が思い浮かんだ。


 ヴィヴィ!


 叫んだ。

 それと同時に僕は尻もちをついた。

 なにが起きたんだ?

 恐る恐る目を開けた。

 覆面男が僕に背を向け、走っていく。

 

 逃げた?

 どうして?

 僕は呆然と覆面男の後ろ姿を目で追った。


「レオー!」

 誰かが叫んでいる。

 僕は声がする方向を見た。

 ヴィヴィが手を振りながらこちらに向かって走ってくる。

 他にもダレッツォと修道士たちがいた。


 助かった。

 本当に僕は運がいい。

 いや、強運の持ち主だ。

 二度も覆面男の魔の手から逃れられたのだから。


「レオ、大丈夫?」

 ヴィヴィが僕の体をべたべたと触ってくる。

『大丈夫』

 僕はうなずき、笑顔を見せた。

「修道士長さまー。レオは大丈夫です」

 ヴィヴィが叫びながら手を振った。

 ダレッツォは軽くうなずいたあと、修道士たちになにやら指示を出した。

 修道士たちは倒れたカリファの体を起こし、介抱しはじめる。


 僕はヴィヴィに促され、ダレッツォと合流した。

「無事でなによりです」

 僕に優しく声をかけ、ダレッツォはすぐさまカリファのもとへ向かった。

 

「レオ」

 ぼそっとヴィヴィがつぶやいた。

『なに?』

「覆面男となにがあったの?」

 ヴィヴィに問われ、僕は答えに困った。

 今回に関しては直接なにかあったわけじゃないけど、命を狙われた。

 だから、なにもなかったとも言える。

 でも、転生直後に首を絞められた一件を加えると、事情は違ってくる。

 きっと理由があるはずだ。


 質問にどう伝えようかと悩んでいたところ、ダレッツォが動きをみせた。

「カリファ修道士副長。なにがあったのですか?」

 ダレッツォが質問をした。

「それは……」

 修道士たちに手を借りながらカリファが立ちあがった。


 僕はカリファに注目した。

 本当のことを言うとは思えない。

 どんな言い訳を用意しているのだろう。


「レオが覆面をした男に追われているのを目撃して……」

 ちらりとカリファが僕を見た。

 その視線が、おまえは反論できないだろうと言っているような気してならない。

「男が矢を放って、私はレオを助けようとしてこの有り様に」

 誇らしげな顔をし、カリファはふくらはぎに刺さった矢に視線を送った。

 修道士たちが尊敬の眼差しでカリファを見ている。


 僕は呆れた。

 開いた口が塞がらない。

 嘘も嘘、大嘘だ。

 でも、それは違うと指摘できない。

 それがわかっていてカリファは嘘を並べた。

 自分が有利になるように。


『カリファの証言は嘘だ』

 反論できないなら代弁してもらうしかない。

 僕はヴィヴィを見た。

 ヴィヴィも僕を見ている。

 おそらく気持ちは伝わっているはずだ。

 ヴィヴィが反論してくれる。

 そう思った。

 けど……。


 ヴィヴィは口を閉ざしている。

『カリファは嘘をついている』

 もう一度、今度はもっと大きなゼスチャーで思いを伝える。

 そのさなか、ヴィヴィに手をつかまれた。

『なぜ?』

「……」

 ヴィヴィは首を横に振った。

 僕の気持ちを代弁する気はないらしい。

 どうして?


「もっと詳しく、最初から順序立てて話してください」

 ダレッツォが言った。

「夜、敷地内を見回っていたのですが……」

 カリファが状況を説明しはじめた。


 要約すると、見回りの途中で小屋を抜けだす僕を目撃した。

 気になってついていくと、僕を尾行する不審者を発見。

 不審者が僕を弓で射ったので、それを助けようとして負傷した。

 ……。

 全部嘘だ。

 事実なのは不審者——覆面男が僕を射たことだけ。

 でも、真実を知っているのはカリファ以外に僕ただひとり。

 だから、否定できない。


「ダレッツォ修道士長さまが助けにきてくださって命拾いをしました」

 うやうやしく頭を下げた。

「ところで、どうやって危機を知ったのでしょうか?」

 頭を上げ、続け様にカリファが話した。


 そうだ。

 僕も同じことを思った。

 この時間帯、孤児たちは全員小屋で眠っている。

 そのなか、僕が小屋にいないとどうやって知ったのだろう?

 カリファや僕を拉致した修道士が言うはずがない。

 なのにどうして?


「ヴィヴィが知らせてくれました」

 ダレッツォの答えに僕とカリファが同時にヴィヴィを見た。


 どうしてヴィヴィが?

 

「それでレオを捜索したのです」

「どうしてパン焼き屋の見習いが?」

 カリファがいぶかしげな口調で言った。

「ヴィヴィ、助かりました。ありがとう」

 カリファの質問を遮るようにダレッツォが頭を下げた。

「い、いいえ。無事でよかったです」

「では、カリファ修道士副長。傷の手当てを急ぎましょう」

 ダレッツォが修道士たちに指示をした。

 修道士たちがテキパキと動きだす。

 カリファに肩を貸して歩く者、先に戻る者など手際よく動く。


「さあ、レオ。あたしたちも戻ろっか」

 ヴィヴィがにっこりと微笑む。

 いつもと同じ笑顔と口調だ。

 だからこそ、不安がよぎる。


 僕の言いたいことがわかったはずなに、代弁してくれなかったのはなぜ?

 どうして、僕が小屋にいないと知っていたの?

 覆面男に襲われていた場面に助けに来たのは偶然?


 聞きたい。

 でも、それを伝えるのは難しいだろう

 たとえ伝わったとしても、はぐらかされるかもしれない。


 でも、聞く。

 そうしないといけない気がした。


 全力で気持ちを伝えようとゼスチャーをはじめた。

 その途中——。

「本当に無事でよかった」

 ヴィヴィが僕の肩を叩いた。

 まるでゼスチャーを止めるかのように。

 偶然?


 僕は再度、ゼスチャーを試みる。

「あっ、お腹空いてない?」

 ヴィヴィがカバンに手を入れた。

『空いてない』

 僕は首を横に振った。

「……そっか」

 ヴィヴィは安心したように小さく息を吐いた。


 小屋に向かって歩いているあいだ、頭は混乱しっぱなしだった。

 カリファの行動。

 覆面男の正体。

 ヴィヴィの本心。

 それと、行方不明になったチーロの存在。


 そのなかでも、一番の混乱のもとはヴィヴィだ。

 出会ったときから親切で、僕の味方的存在。

 助けてくれたり、励ましてくれたりした。

 誰よりも信頼している。

 でも、今日、僕の心に小さな疑念が生まれた。


 ヴィヴィは味方なのだろうか?

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