第37話 孤児の行方不明と石の謎

 僕は荷物のように運ばれている。

 袋状のものに入れられているので、どこへ向かっているのかわからない。

 いくら手足をばたつかせても逃れられなかった。

 

 どうしようもない。

 抵抗したところで逃げられない気がした。

 それならば体力を温存するべき。

 来たるべきときに備えて……。

 

 視界は奪われているものの、耳は健在だ。

 耳を澄ませ、辺りの音を拾っていく。

 夜行性の鳥が鳴いている。

 正確な時刻はわからないけど、夜から深夜にかけてである可能性が高い。


 誰にも見られずに僕を拉致らちしようって魂胆こんたんだな。

 なんのために?

 人気ひとけのないところで虐待ぎゃくたい

 あり得る。

 誰も立ち入らない場所で殺す。

 まさか、そこまでは……。

 否定的に考えるのと同時に、カリファが僕に向けたいくつかの表情が脳裏に浮かぶ。


 憎しみ。

 怒り。

 加えて、僕を拉致しようとしたときの下卑げびた笑み。

 虐待に殺し……。

 可能性はある。

 絶対にないとは言えない。

 

「覚悟しろ」

 突如、カリファが言った。

 独り言ではなく、おそらく僕に向けた言葉。

「孤児のくせにでしゃばった真似をするからだ」

 カリファの口調はいつもとまるで違う。

「孤児は孤児らしく地べたを這いつくばっていればいいものを」

 怒りを吐きだすだけでは足りなかったのか、誰かが僕の頭部を殴った。

 この場には、少なくともカリファと僕を抱えている修道士がひとりいる。

 うまいこと袋から抜けだせたとしても逃げ切るのは難しい。

 とりあえず様子をみよう。


「おまえさえいなくなれば、修道士たちの秩序ちつじょは守られる」

 カリファの声が聞こえてくる。

「そうですとも」

 僕を抱えた修道士が同調した。

「よし、入れろ」

 カリファの声と共に僕は乱暴に落とされ、背中をしこたま打った。

 痛みに耐えながら、耳に神経を集中させる。

 音が聞こえた。

 遠ざかっていく足音。

 ドアが閉めらる音。

 それから静寂がおとずれる。


 誰もいなくなった?

 ゆっくりと手足を動かす。

 幸い、手足はしばられていない。

 カリファたちに襲われたとき、袋状のものを頭から被せられた。

 そのとき、すぐさま抱えられて運ばれた記憶がある。

 とするなら、袋の口を縛り忘れているかもしれない。


 足をぐっと伸ばし、左右に動かしてみる。

 一切抵抗がない。

 予想通り、袋の口は縛られていなかった。

 それならば話は早い。

 手を伸ばして袋状のものをつかむ。

 そのまま服を脱ぐように体を動かしていく。

 脱出成功。

 袋状のものから抜けだし、辺りを見渡した。

 小屋の側面には木箱が積みあげられ、その付近には干し草がふんだんにある。

 見覚えのない小屋だ。


 ここはどこだろう。

 運ばれていた時間を考えると、教会の敷地内であるのは間違いない。

 視界を奪われていたので方角は不明。

 正確な位置はわからないけど、教会からかなり遠い。

 現状、場所を特定するのは無理だ。

 となると、まずは逃げるのを優先しよう。

 このまま小屋にいたら、カリファになにをされるかわからない。

 

 出口は一箇所。

 ここを出ればいい。

 問題は逃げてるさいちゅうにカリファに出会ったときだ。

 体格の差から走っても戦っても負けは確定。

 こっそり身を隠す必要がある。

 闇に紛れて教会まで戻ろう。

 

 作戦をたてたところでドアに近づいた。

 耳を澄まし、外の様子をうかがう。


 サクサク、サクサク。

 落ち葉を踏み鳴らす音が近づいてくる。


 戻ってきたのか⁉︎

 慌てて、もう一度袋状のものを頭から被ろうとした。

 でも、焦ってうまくいかない。

 ああ、もう!

 仕方なく僕は山のように積まれた干し草に身を隠した。


 サクサク、サク……。

 音が小屋の前で止まった。

 入ってくる。

 身構えた。

 ところが、ドアが開かない。

 どうやら小屋の前で立ち止まったようだ。

 

 ほっとしたものの、すぐに首を横に振った。

 ドアの前で通せんぼうされたら逃げられなくなる。

 どうしよう……。


「修道士副長さま。これからどうするんですか」

 小声で修道士が話した。

「ああ、おまえは初めてだったな」

 同じく小声でカリファが言った。

「はい……なんとなく察しはつくのですが」

「言ってみろ。この後、どうなると思う?」

「孤児減らしのために役立たずを敷地外に捨てるのでは……」

 修道士が声を震わせながら言った。


 なんだって⁉︎

 僕は干し草をぎゅうっと握った。


「おまえ、修道士になって何年目だ?」

「三年です」

「そうか……まだまだ甘いな。ふふふっ」

 カリファが不敵に笑った。

「甘い、とは?」

「支援金が減って資金難の教会が、どうやって孤児たちを養っている思う?」

「それはネウマ譜の販売や、孤児たちが商人の手伝いでまかなっているのかと」

「そんなものでは到底足りない」

「でも、現実に孤児たちを養って……はっ、まさかあの噂は本当なのですか?」

 修道士が驚きの声をあげた。


 噂?

 なんだろう、それは。

 話を聞こうと、ドアに耳をくっつけた。


「どんな噂を聞いたんだ?」

 カリファの声が一段低くなった。

「それは、行方不明になった孤児は実は……奴隷商人に売られたとか」

 修道士の声が震えている。


 行方不明の孤児という単語を耳にし、すぐさま頭に浮かんだ。

 チーロの顔が——。


「火のないところに煙は立たぬ、と言うだろう」

 カリファが冷たい声で言い放った。

「そ、そんな、まさか……噂じゃなくて本当の話なのですか」

「ふふふっ」

 カリファは答えない。

 でも、それが答えだった。


 チーロも行方不明になった。

 じゃあ、奴隷商人に売られてしまったのか⁉︎

 怒りを抑えようと干し草をつかもうとしたそのとき——。

 指先に固いものが触れた。

 なんだろう。

 干し草をかき分け、固いものを探した。


 石?

 指先に当たったのは、表面がつややかで鈍い光を放つ楕円形の石だった。

 見覚えがある。

 どこで見たんだろう。

 記憶を探った。


 あっ⁉︎


 思いだした。

 ——これ、僕の宝物なんだ。

 チーロが言っていた。

 助けてくれたお礼にと僕にくれようとした石だ。

 あのとき、宝物だから貰えないと断った。

 だから、石はチーロが持っている。

 いまでも……。


 石を拾いあげた。

 間違いなくチーロの宝物の石だ。


 どうして石がここにあるんだ?

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