第33話 話せなくなって向上した能力
僕だけの能力を探すには、まず敵を知ろう。
カリファにあって、他の採譜師にはない能力はなにか?
ネウマ譜の美しさや正確さ以外にもあるかもしれない。
今日も教会の側面で聖歌を聞きながら、ネウマ譜を目で追っていく。
その
カリファは他の修道士たちとは違う行動を取っている。
同じ曲を何度となく歌う修道士たちに対し、カリファは机に向かっていた。
机上には紙が広げられ、手にしたペンを走らせている。
一心不乱にペンを動かしているかと思えば、突然止まって頭を傾げる。
採譜をしているんだ。
僕はぴんときた。
音源を使って採譜するのとは違い、ここでは流れる聖歌は止まらない。
何度も聖歌を聞き、採譜する。
聞き逃してしまったら、あきらめたように一旦手を止めた。
次に最初から聖歌が流れるのを待っている。
これでは譜面が完成するまで、かなり時間がかかってしまう。
でも、この方法で何度も聖歌を聞いて採譜するしかない。
あっ。
閃いた。
カリファを越える方法を。
もし、聖歌を一回聞いただけで採譜できたら?
カリファにはそれができない。
素早い採譜であるうえに、正確で美しいネウマ譜に仕上がっていたら?
確実にカリファを越えられる。
これだ。
僕は拳を作った。
聖歌を一回だけ聞き、そのあとに一気にネウマ譜を書く。
難題だ。
そんなことが可能なのだろうか。
そういえば……。
ふと思いだした。
音楽専門学校に通っていた頃、いわゆる天才という奴と出会った。
そいつは、一度聞いた曲を完全再現できる。
たった一度だけで……。
誰もができることではない。
けど、全く不可能でもない。
できる奴がいたのだから。
問題は僕にできるかどうかだ。
いや、できるかどうかじゃない。
やるしかない。
そうしなければ、いつまでたってもカリファから解放されないまま。
この世界どころか、教会で生き残ることすら難しくなる。
僕に残された道はこれしかない。
やるんだ。
ところで、どうやって一度聞いただけの曲を覚えたんだろう?
記憶力がいい?
そうかもしれない。
けど、それだけじゃない気がする。
あいつ、あのとき、たしかコツを教えてくれた覚えが……。
流れだ。
曲には流れがある。
つまり全体の構成。
それがわかれば、おおよそ次の流れが予測がつく。
音楽理論を学ぶのはそのためだ、と。
流れを意識して曲を覚えていく。
そうすれば、いまより採譜の速度は上がるはず。
あいつみたいに一回で覚えられるとは思わない。
でも、現代世界で音楽理論を学んだ僕なら、カリファに勝てる可能性がある。
ダメもとでやってみよう。
耳を澄ませ、流れてくる聖歌に意識を集中させる。
曲を覚えようとしなくていい。
完璧に採譜しようと思わなくていい。
ただ、聞く。
流れに任せて。
聞こえてくる聖歌に合わせ、心のなかで一緒に歌っていく。
初めて聞く曲なのに、不思議とそう感じない。
この世界に来て、十分ではないかもしれないけど、たくさんの聖歌を聞いた。
それが体の隅々まで染みこんでいる。
そのせいか、次にこう展開するのではないか勝手に脳が考えだす。
ときに外れ、ときに当たる。
楽しい。
外れても面白い。
こう展開するのかという驚きと感動。
当たれば嬉しい。
想像通りだったと喜び、経験として蓄積していく。
あっという間に聖歌が終わった。
僕は木の枝を持ち、大きく息を吸いこむ。
完璧でなくていい。
覚えている範囲でいい。
一気に息を吐きだし、心のなかで先ほど聞いた聖歌を歌う。
連動して手が動きだす。
地面に次々とネウマ譜が描かれていく。
正しい、正しくないなど気にしない。
心にあるものを、すっからかんになるまで出す。
手が止まらない。
心のなかにあった聖歌が地面に移っていく。
耳コピは苦手だった。
何度聞いても曲が覚えられないから。
それがいまは不思議と感じない。
これまで得意だったかのように、スラスラと手が動く。
最後まで書きおえ、枝を置いた。
最初からネウマ譜を目で追っていく。
所々、間違いがある。
でも、許容範囲。
急いで書いたせいか、美しさには欠ける。
今後は正確さと美しさの両方を兼ね備えたい。
早くても綺麗なネウマ譜を書く訓練が必要だ。
どちらの問題点も慣れれば解消される。
大丈夫だ。
現時点での正確性は全体の八割ほど。
予想以上の成果だ。
これまでの僕の能力から考えると奇跡に近い。
やらなければならないという危機的意識が能力を高めたのか。
それとも、この世界で話すことができなくなて、その代わりに耳の能力が上がったのか。
理由はわからない。
けど、希望が見えた。
カリファを越えるものをようやく発見。
やれる。
手応えを感じた。
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