採譜師編

第25話 金髪の美少女・アリアと謎の紙

 チーロが行方不明になってから早二年。

 そのあいだ、ずっとチーロを探し続けている。

 僕は話せないうえに自由に行動できない。

 もどかしさを抱える僕に気づいたのはヴィヴィだった。

 チーロを探そうとパンの配達ついでに情報を収集してくれている。

 それだけじゃない。

 商人のジェロは顔が広いからと、捜索の協力を頼んでくれた。

 ふたりとも精力的に探してくれている。

 にもかかわらず、チーロに情報は皆無かいむ

 まだ発見されない。


 二年——。

 長かったようで早かった。

 チーロがいなくなってからの年月は、僕が転生して異世界で暮らしてきた期間とほぼ同じだ。

 いろんなことに慣れた。 

 異世界で生きること。

 教会で友達がいないこと。

 ガイオとは敵対関係から協力関係になったこと。 

 でも、いまだに慣れないものもある。

 それはチーロを失った寂しさ。

 それはヴィヴィやジェロと仲良くしていても埋められない。

 

「おーい、そろそろ掃除に行くぞ」

 ガイオが僕を呼んだ。

 二年前の火事以降、ガイオとふたりで教会内の掃除を担当している。

 午前中に行われる修道士たちの聖歌練習前に掃除を終えなければならない。

 迅速じんそくかつ丁寧に。

 そうするためにはガイオと協力しなければならない。

 だから、敵対関係は解消された。

 いまでは仕事を完璧にこなすために協力しあっている。

 仲良くはなれないけど、目的達成のための仕事仲間になった。


 鍵を預かるガイオが教会を開けた。

 教会に入ろうと一歩踏みだす。

 この瞬間が大好きだ。

 ざわつく外界から、ぴんっと張り詰めた空気へと変わる。

 その一瞬。

 背筋が伸びる。

 静寂に包まれた空間に僕とガイオの足音が響く。

 いつ来ても神聖な気持ちになる。

 軽く深呼吸をし、早速仕事に取りかかった。

 いつも通り手早く、それでいて丁寧に床を掃く。

 それが終わったら次は床拭き。

 布でしっかりと床を磨く。

 最後に講壇こうだんを清潔な布で拭いた。

 掃除はこれで終わり。

 でも、まだ気が抜けない。

 もうすぐ修道士たちがやってくる。

 その前に立ち去らなければならない。


「終わったぞ。俺は桶を片づけるから、おまえは掃除に抜かりがないか確認してから来てくれ」

 ガイオが素早く桶と布を回収しはじめる。

 僕は返事をする代わりに手を挙げた。

「急げよ」

 ガイオは走って教会から出ていった。

 修道士たちに姿を見られたら、仕事が遅いとみなされてカリファに叱られる。

 それを避けるため、ガイオは我先にと教会から飛びだす。

 僕も急ごうと床にゴミが落ちていないか確認。

 大丈夫だ。

 確認し終え、出入り口に向かおうとしたとき——。


「……なんです」

 入り口から聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 透き通った綺麗な女性の声だ。

 誰だろう?

「練習を見学しますか?」

 ダレッツォの声が聞こえてくる。

「いえ、教会のなかを見せていただくだけで」

 女性の声が近づいてくる。

「そうですか。では、どうぞ」

 ダレッツォの声と共に姿が見えた。


 しまった。

 僕は唇を噛んだ。

 教会内で修道士たちと顔を合わせてはいけない。

 だから、練習が始まる時刻に合わせて退散している。

 それなのに、今日に限っていつもより早い。

 どうしよう。

 僕に落ち度がないとはいえ、言い訳できる立場でもなければ話す手段もない。

 隠れようか?

 いや、それだと見つかったときに傷が深くなる。

 潔く罪を認めよう。

 覚悟を決めた。

 

「おや?」

 教会に入ってきたダレッツォが僕に気づいた。

 辺りを見渡し、思案するように顎に手を置いている。

「ああ、まだ掃除の時間だったようですね。早く来て申し訳ありません」

 ダレッツォが僕に微笑みかけてくる。

 僕は慌てて首を横に振った。

「さぁ、アリア。こちらへ」

 ダレッツォが僕から視線を外し、一緒にやってきた女性に声をかけた。


 アリア? 

 僕は透き通った声の持ち主である女性に視線を向けた。

 すらりとした長身で、まばゆいばかりの金髪に澄んだ青い目をしている。

 歳はヴィヴィと同じくらいか、少し上だろうか。

 ヴィヴィが健康的な可愛らしい少女なら、アリアは完全無欠の美少女。

 見惚みとれて視線が外せないほどの美しさ。

 とても人間とは思えない。

 それと同時に既視感きしかんを覚えた。

 あまりに完璧すぎる容姿は、さながら映画に登場する子役。

 だから、見覚えがあると錯覚したのかもしれない。


 アリアとダレッツォが講壇に向かっている。

 ふたりは僕に背を向け、立ち止まった。

「ご依頼のものですが……」

 ダレッツォは言いながら、アリアに筒状に巻いた紙を手渡した。

「ありがとうございます」

 アリアは答え、ダレッツォから紙を受け取っている。


 なんだろう、あれは。

 気になったけど、見ただけではわからない。

 教会で暮らしはじめて二年経つけど、これまで一度も目にしたことがない。

 気になるなぁ。

 好奇心がくすぐられる。

 筒状の紙の正体を探ろうとしたところ、不意に思いだした。

 修道士たちがやってくる前に退散しないといけない。

 僕は慌てて教会から出た。

 それを見計らったかのように、修道士がひとり、またひとりと教会に集まりだす。

 間一髪セーフ。

 ほっと胸をなでおろし、教会に入っていく修道士たちを見ていた。

 いつもはすぐさま立ち去る。

 でも、なぜか今日はその場にとどまった。


 もしかしたら、教会から出てくるアリアを見られるかもしれない。

 そんなよこしまな思いと共に、筒状の紙が気になった。

 どうしてこんなにも気になるのか不思議でならない。

 アリアのこと。

 筒状の紙のこと。

 引っかかる。

 頭に、心に……。

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