第24話 チーロのその後

「僕が落ち葉に火をつけました」

 注目されているなか、チーロが言った。

「えっ、チーロが? どうして?」

 孤児たちは目を丸くしている。

 疑問と困惑。

「下手したら僕たち、死んでたかもしれないよね」

 誰かが口にした一言で、孤児たちの目にいきどおりが宿りはじめた。

 なにを言われても仕方がない、そんな雰囲気でチーロはうなだれている。

「僕たちを殺そうとしたの?」

 孤児たちのなかから声が上がった。

 その問いにチーロは激しく首を横に振り続ける。

「違う。僕は……」

「火をつけたら危ないって考えたらわかるだろう」

「そうだ、そうだ。わかっていて火をつけたんだ」

「僕たちになんの恨みがあるんだよ」

「仕事ほしさに僕たちを殺そうとしたに違いない」

 孤児たちが口々にチーロを責めたてる。


 かばってあげたいけど、庇えない。

 孤児たちの言うような意図はチーロには一切ないとわかっている。

 それでも、やったことは事実。

 僕はチーロを見守るしかできなかった。


「さぁ、みなさん」

 ダレッツォが声をかけた。

 孤児たちはチーロを非難するのをやめ、ダレッツォを見つめる。

「今日の仕事はこれで終わりです。小屋に戻ってください」

「はぁい」

 孤児たちは少し不満げに返事をし、チーロを横目に見ながら去っていった。

「修道士のみなさんは火事の後片づけを」

 ダレッツォの指示に修道士たちはうなずき、動きだす。

「チーロとガイオ……それとレオは残って話を聞かせてください」

「はい」

 ガイオは返事をし、ちらちらとチーロを見た。

 チーロはうなだれたまま動かない。


 孤児たちが立ち去り、修道士たちは後片づけをはじめた。

 付近には僕たち以外、誰もいない。

「チーロ」

 ダレッツォがチーロの目前にしゃがみこんだ。

「火をつけたのは本当ですか?」

 ダレッツォはチーロと視線を合わせ、優しく問いかけた。

 チーロはうなずく。

「火をつけた理由は?」

「俺らを困らせるためです」

 ダレッツォがチーロに投げかけた質問にガイオが答えた。


 ガイオの目的は明確。

 チーロに本当のことを言わせないため。

 違うと反論できないのが苦々しい。

「俺の子分がレオの集めた落ち葉に火をつけようと計画していたんです」

 一旦いったんガイオは口を閉ざし、ちらりとチーロを見た。

 チーロは反応しない。

「それを知ったチーロが、レオを助けようと子分たちから火を奪ったんです」

「……なるほど。それで、やられる前にやり返そうとしたわけですね」

 ダレッツォがチーロの顔を覗きこむ。

 チーロは動かない。

「そうなんです。それで急いでチーロを追ったんだけど、もう落ち葉が燃えていて」

 またしてもガイオが答える。

 

 ガイオの言っていることは本当なんだろうか。

 疑問を抱いた。

 計画を立てたのは取り巻き連中なのだろうか?

 もしかすると、ガイオが計画して取り巻き連中に実行させたのかもしれない。

 答えを知っているのはガイオ、取り巻き連中、それとチーロ。

 チーロが全てを話してくれるのが一番だけど、かたくなに口を閉ざしている。

 だから、ガイオが関与しているのかは不明のまま。


「それで、急いで火を消さないといけないって思っていたらレオが……」

 ガイオが僕を見た。

 ダレッツォも僕を見つめている。

「みんなを並べて水の入った桶を運べって提案してくれたんです」

「あれはガイオじゃなく、レオの案だったんですか」

 ダレッツォが驚いている。

「はい。俺はみんなに指示しただけです」

「ガイオ。きみは仲間を率いる素晴らしい能力を持っていますね」

 にっこりとダレッツォが微笑む。

「ふたりのおかげで、被害が最小限ですみました。ありがとう」

「お役に立てて嬉しいです」

 褒められたせいかガイオが照れている。


 意外だった。

 照れるガイオの姿。

 それと、消火の手柄を独り占めせず、ありのままを報告したこと。

 どちらも僕の知るガイオじゃない。

 小柄で話せないことを理由に僕をいじめてきた姿しか見てこなかった。

 僕の知らないガイオがいる。

 チーロに深い闇があるように、ガイオにもあるのかもしれない。

 良心的で正義感に溢れる一面が……。


「きみたちふたりは模範もはん的な孤児として、明日から教会内での仕事を与えましょう」

 ダレッツォは立ちあがった。

「えっ、本当ですか!? ありがとうございます」

 ガイオが嬉しそうな顔をした。

 教会内での仕事——それは孤児たちにとってはあこがれだ。

 毎日、奪いあわずに仕事を得られる。

 それだけじゃない。

 建物内の仕事は天候に左右されずにすむ。

 嬉しい。

 でも、手放しで喜べない。

 チーロのことが気がかりだ。

 教会に被害を与えたチーロの処遇はどうなるのだろうか。


「チーロ。執務室で話しましょう」

 ダレッツォがチーロの肩を軽く叩き、手を繋いだ。

 誘導するようにチーロを引っ張っていく。

 チーロはあらがうことなく、ダレッツォに従っている。


「あーあ、あいつ。ただじゃすまないだろうな」

 ガイオがつぶやく。

 嫌な言い方だけど、言っていることは間違っていない。

 罪を犯したのだから、つぐなう必要がある。

 問題はどんな罰を受けるかだ。

「おい。明日の朝から執務室じゃなく、教会の前に行けよ」

 ガイオは一方的に言い放ち、僕を一瞥いちべつして去っていった。


 意外だ。

 これまでのガイオの行動を考えると、嫌味のひとつでも言いそうなものだ。

 おまえなんかに教会内での仕事が勤まるはずがない……とか。

 そんな言葉がないうえに、ちゃんと明日すべきことを教えてくれた。

 わからない。

 今日はそんなことばかり起きた。

  

 その日の夕食時、孤児たちが話しているのを耳に挟んだ。

 チーロは罰として、一晩道具入れ小屋に閉じこめられるらしいと。

 追いだされずにすんだとほっとした一方、不安もあった。

 罰は受ければ終わりだけど、心にある闇と罪悪感は簡単には消えない。

 それを抱えてチーロは生きていく。

 耐えられるだろうか。

 僕はチーロの全てを知っているわけじゃない。

 だから、不安だった。

 今後のチーロのことが……。


 翌朝、事件が起きた。

 チーロが道具入れ小屋から忽然こつぜんと姿を消した——。

 いついなくなったのか誰も知らない。

 そのせいで、孤児たちのあいだで様々な憶測が飛んだ。

 小領主に通報されるのを恐れて逃亡した。

 誰かがチーロをどこかに隠している。

 何者かに拉致されて殺された。

 どれも根拠がない話ばかり。

 だからこそ、大きく広がっていく。

 それを止めたのはカリファだった。


 チーロは捕縛を恐れて逃亡した——。


 この見解はカリファ個人のものなのか、教会の下した結論なのかわからない。

 でも、孤児たちは納得した。

 チーロは自らの意思で逃げたのだと。


 違う。

 チーロは逃げたりしない。

 放火した罪を認め、いていた。

 罪悪感を持っていた。

 だから、逃げたりしない。

 さらなる罰を受けようが、捕縛されようが罪を償うはずだ。

 だとしたら?

 別の可能性が思い浮かんだ。

 チーロが話していた噂。


 —— この教会ではね、昔からたくさんの孤児が行方不明になっているんだ。


 実は噂が本当だったとしたら?

 チーロが自分の意思とは関係なく、行方不明になったのだとしたら?

 自問した。

 答えはひとつ、拉致。

 そうなると事件だ。

 でも、教会は事件として取り扱わず、荘園をおさめる小領主に報告しなかった。

 教会内部で処理。

 事件なのに事件とならず、闇に葬り去られる。


 チーロはさらわれた。

 いつか必ずチーロを探しだす。

 僕の友達、チーロを取り戻すんだ。

 心のなかで誓った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る