第23話 鎮火せよ!
「火が、火が!」
どんどん燃え広がっていく炎を前に、孤児たちは右往左往している。
「修道士長さまを呼ぶんだ」
慌てふためく孤児たちのなか、ガイオが叫んだ。
他の孤児たちとは違い、比較的冷静だ。
内心は驚きや恐怖に満ち溢れていると思う。
だけど、それをひた隠して孤児たちに指示を出している。
「急げ。それから、おまえ、修道士副長さまにも知らせるんだ」
ガイオがそばにいた孤児に命令した。
「えっ、えっ」
命令された孤児はおろおろとして動かない。
「しっかりしろ」
ガイオは孤児を揺さぶった。
「う、うん」
孤児は足をもつれさせながらも走っていく。
「おまえら、火から離れろ」
ガイオの指示に孤児たちが素直に従い、燃えている落ち葉から離れていく。
それとほぼ時を同じくして、強い風が吹いた。
ぶわっと燃えた落ち葉が舞いあがり、炎が風下へと燃え広がっていく。
このまま放置していたら、広範囲を焼いてしまう。
風下に目をやった。
炎が風に乗って進めば、たくさんの小屋が焼失してしまう。
教会に集まる支援は少ない。
孤児たちが食いっぱぐれるくらいに。
もし小屋が焼けてしまったら、再建不可能となって教会が閉鎖されるかもしれない。
そうなったら、孤児たちはもちろん、僕はこの世界で居場所を失ってしまう。
「うわぁっ」
突然、チーロが大声を出してその場に座りこんだ。
手を伸ばし、炎を指差す。
「小屋が、小屋が……」
炎が小屋を焼きつくすかもしれないと思い至ったようだ。
薄笑いの表情が一変、いまにも泣きだしそうな顔になった。
よくやく自分のやったことの罪に気づいたのだろう。
「ど、どうしよう。ぼ、僕、なんてことをしてしまったんだ」
チーロは頭を抱え、震えている。
もしこのまま燃え広がって、小屋を焼いてしまったら——。
チーロは一生、自分を許せないだろう。
小屋だけじゃなく、チーロも守りたい。
どうにかして火を消さないと。
せめてダレッツォやカリファが来るまで火を食いとめたい。
必死に知恵を
現代なら迷わず消防署に連絡する。
連絡できないなら、消火器を使う。
消火器がないなら、ホースで水をぶっかける。
連想ゲームのように考え、この世界で可能な方法を
そうだ、水だ。
でも、ホースはない。
だったら……。
僕は木の枝を拾い、地面に絵を描いた。
それをチーロに見てもらおうと肩を叩く。
でも、チーロは放心状態で動かない。
仕方なくガイオのもとへ向かった。
『ガイオ』
僕は孤児たちに指示を出すガイオの手をつかんだ。
「おい、なんだ。離せ」
嫌がるガイオを無理やり引っ張る。
絵のそばまで連れていき、地面を見るよう
「……
僕の絵を見て、ガイオが言った。
『正解』
僕は首を縦に大きく振った。
「それがどうした?」
——貸してください。
文字が書かれた木札を差しだす。
「桶をどうするつもりだ?」
緊急事態という共通の危機感からか、ガイオからいつもの敵対心は感じられない。
真面目な顔をして僕を見ている。
——水。
木札を見せたあと、地面に絵を描いた。
一列に並んだ孤児たちが桶を運んでいる絵。
現代世界ではある程度知られたバケツリレーだ。
木札と絵で消火方法をガイオに伝える。
ガイオは顎に手を置き、首を傾げた。
これ以上、どう説明すればいいのかわからない。
ガイオが理解してくれるのを祈るばかり。
「人間が並んで、隣の奴に渡して……あっ」
ガイオが手を打った。
どうやら気づいてくれたようだ。
「おい、そことそこのおまえ、桶を持ってこい。他の奴らは俺の言う通りに並べ」
いつも以上の大声を張りあげ、ガイオは冷静さを失った孤児たちに命令していく。
孤児たちはガイオの声に条件反射したのか、おろおろしながらも従う。
桶を持ってくる孤児、横に並びはじめる孤児。
バケツリレーするための列が作られていく。
もうすぐ完成というところで、列に乱れが生じた。
炎を恐れる孤児が逃げようと列を乱す。
たったひとりの行動が、他の孤児たちに飛び火した。
次第に列が崩壊へと向かっていく。
「おい、そこ、真っ直ぐ並べ。列を乱す奴は殴るぞ」
ガイオの
孤児たちが持つガイオへの恐怖心が、妙なところで役立っている。
「おい、おまえらも並べ!」
ガイオが僕を睨んだ。
僕は孤児たちの列に向かった。
ところが、チーロはその場にうずくまったまま動かない。
罪悪感に
だから、動けない。
「おい、チーロ!」
ガイオが怒りながらチーロのもとに飛んでいった。
大きな手でチーロの頭を叩く。
それでもチーロは動かない。
「おまえがやったんだろう? だったら、責任とれよ!」
ガイオはチーロの腕をつかんだ。
チーロは反応しない。
放心状態のままだ。
「しっかりしろよ」
ガイオはチーロの腕を引っ張り続けたけど、一歩も動かない。
「ちっ」
孤児たちが一列に並び、水の入った桶をリレーで運んで炎にぶっかる。
大きな掛け声でガイオが孤児たちをまとめ、消火活動を開始。
バケツリレーが機能し、次々と水が運ばれていく。
順調に消火活動をしているさなか、ダレッツォが修道士たちを引き連れてやってきた。
バケツリレーの列が伸び、より一層たくさんの水がぶっかけられていく。
この調子でいけば、きっと消火できる。
僕は確信した。
「やったぁ!」
孤児たちが歓声があげた。
僕は声を出す代わりに、大きく息を吐く。
ようやく
ガイオの指揮によるバケツリレーが
誰ひとり犠牲者を出すことなく、火事はおさまった。
修道士たちはほっと胸をなでおろし、孤児たちは鎮火に尽力したガイオに声援を送っている。
そのなか、チーロひとりが放心状態のままだった。
チーロ。
僕はチーロの肩をそっと叩いた。
相変わらず動かない。
先ほどまで燃えていた落ち葉を、呆然と見続けている。
どうしたものかと悩んでいたところ、チーロが動きだした。
ゆらりと立ちあがり、幽霊のようにすーっと歩きだす。
僕は黙ってチーロを追った。
危なっかしい足取りだけど、確実に歩き続ける。
その先にはダレッツォがいた。
チーロはダレッツォの背後まで来て立ち止まった。
「……修道士長さま。僕が火をつけました」
チーロが呟いた。
ダレッツォが振り向く。
近くにいた誰もが驚きの表情を浮かべ、チーロを見つめた。
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