第22話 チーロの闇

 チーロを探さないと。

 僕は急いで後を追った。


 異変に気づいたのは、チーロを探しているさなかだった。

 現代の時間に換算かんざんして一時間ほど。

 そのあいだになにかが起きたようだ。


 もし重大なことが起きたのだとしたら、それは偶然ではない。

 必然。

 起こるべくして起きた可能性が高い。

 チーロと別れる直前、教えてくれた。

 ガイオの取り巻き連中の会話を盗み聞きした、と。

 ——レオの邪魔をする。

 具体的にどうするかはわからない。


 僕の邪魔をすると言っていたガイオの取り巻き連中。

 それと、僕を守ると誓ったチーロ。

 双方をひとつにまとめて考えると、おのずと構図が見えてくる。


 ガイオの取り巻き連中がなにかを仕掛け、それに対抗しようとしたチーロ。

 その結果、異変が起きた。


 そうなると、僕も無関係ではいられない。

 いや、無関係どころか関係大ありだ。

 発端ほったんは僕なのだから。


 僕は考えるのをやめ、異変の正体を探ろうとした。

 異変——それは孤児たちが大騒ぎしている声。

 なにかが起きている。

 場所はここからそれほど遠くない。

 急いで声が聞こえる場所を目指した。


 前方に大勢の孤児たちがいる。

 それをかき分け、前へ前へと進んでいく。

 孤児たちの先頭まで進み出たところで、足を止めた。

 真正面を見据みすえ、息を飲んだ。

 目を逸らしたい光景だけど、そうはいかない。

 視線を外したところで、なにも解決はしないから。


 僕は現実に目を向けた。

 木々の隙間から、炎と黒煙が見える。

 火事だ。


 火の気のない場所での出火?

 疑問を抱きながら、恐る恐る現場に近づいた。

 木々の間に広がる地面に集められた落ち葉があり、そこから炎が立ちのぼっている。

 この辺りには小屋もなく、ひとの立ち入りもほとんどない場所だ。

 どこにも火の気などない。

 それなのに出火した。

 自然発火を完全否定できない。

 でも、偶然にしてはできすぎている。


 まさか、故意によるもの?

 つまり放火。

 

 そう考えたところで、頭に幾人いくにんかの顔が浮かんだ。

 ガイオ。

 ガイオの取り巻き連中。

 チーロ。

 

 まさか。

 そんなことは……。

 否定しながらも、心の奥底ではもしかしてという思いがあった。

 

 もし放火なら……。

 立ちのぼる炎を見つめた。

 犯人が誰にせよ、原因は僕。

 火を消さないと。

 辺りを見渡した。

 出火した落ち葉の周りには、おろおろとした孤児たちがいる。

 誰もが恐怖を抱き、なす術もなく呆然と状況を見守っていた。

 そのなか、チーロが背筋をしゃんと伸ばし、炎を悠然ゆうぜんと見つめている。


 チーロ、まさか。

 頭に浮かんでくるひとつの可能性。

 そんなはずはない。

 否定材料を探そうと、もう一度辺りを見た。

 恐怖の目で炎を見つめる孤児たち。

 そのそばにガイオと取り巻き連中がいた。

 一様に驚いた表情をしている。

 

 もしガイオたちが放火したのなら、驚くだろうか?

 恐らく驚かない。

 うまくいった、僕にダメージを食らわせたと得意満面になるだろう。

 ガイオたちの誰ひとりとしてそんな雰囲気はない。

 むしろ、そうなのは……。

 視線がチーロを捉えたところで止まった。

 

 チーロの表情からは驚きは一切感じられない。

 それどころか、どこか誇らしげだ。

 まさかという思いが消えていく。

 疑念から確信に変わり、疑問が浮かんでくる。

 どうして?

 僕は急いでチーロに駆けよった。


 炎をうっとりとした目で眺めているチーロの肩を叩いた。

「レオ?」

 我に返ったようにチーロがこちらを向いた。

「見て」

 炎を指差す。

「僕、やったよ。ガイオたちの策を逆手さかてに取ったんだ」

 チーロが笑顔を浮かべる。

 そこに一点の罪悪感も感じられない。

「ガイオたち、ひどいんだよ」

 チーロは炎から目を離さない。

「僕たちが集めた落ち葉に火をつけようと計画してたんだ」

 チーロの視線が動いた。

 真正面から下へと動いていく。

「ひどいだろう」

 視線が止まった。

 チーロの右手。

 棒をしっかりと握りしめている。

「あいつら、台所から火を取ってきて落ち葉を燃やそうとしていたんだ」

 すでに火が消えた棒を掲げた。

「だから、奪ってやったんだ」

 右唇の端がにっと上がった。

「それから、あいつらが集めた落ち葉に火をつけて……」

 視線を真正面に戻した。

 立ちのぼる炎がチーロの顔を照らしている。


 してやったりといった薄ら笑いを浮かべている——僕の目にはそう映った。

 そんなわけはない。

 否定する思いが僕の手を動かした。

 僕を見ず、炎を見つめるチーロの両肩に手を置いて激しく揺さぶる。

「なに?」

 チーロはどこかうつろだった。

 なおも激しくチーロを揺さぶる。

「もしかして怒ってる?」

 僕は大きくうなずいた。

「どうして? あいつらがレオにやろうとしたことを、そっくり真似して先にやっただけだよ」

 悪びれる様子は一切ない。

「やらないとやられるんだ」

 チーロの言い分はある程度、理解できる。

 だからといって、やり返していいことにはならない。

 それではガイオと同じだ。

 僕は激しく首を振り、否定の意を示した。

「なんで? どうして?」

 チーロに僕の思いは届かない。

 話せないもどかしさが身にしみて感じる。

「僕、間違ったことしてないよ。そうだろう?」

 同意を求めてくる。

 でも、僕は賛同できない。

「レオを守るためにやったのにどうして?」

 目を見開き、チーロが僕を見た。

 ぴたりと僕と目が合う。

 これまで何度となくチーロの目を見て話を聞いてきた。

 だからわかる。

 いまのチーロは、いつものチーロじゃないと。

 

 どろんとしたチーロの目に吸いこまれていく。

 底なし沼のように深く深く沈みこみ、抜けだせない。

 足を引っ張るのは怒りと恨み。

 それを生んだのは、これまでガイオたちにされてきた仕打ち。

 決して僕を思ってのことじゃない。

 レオのため——。

 それは自分の行動を正当化するための方便だ。

 そのことにチーロはおそらく気づいていない。

 チーロは深い闇にとらわれ、憎しみの底なし沼に足を突っこんでいる。

 このままでは抜けだせなくなり、いずれ……。

  

 どうすればいい?

 僕はチーロと立ちのぼる炎を見つめた。

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