第21話 狙われるレオ

 今朝も執務室前は、仕事をもらう孤児たちで溢れている。

 手を伸ばして仕事を得ようとする孤児たち。

 それを無視し、ガイオが取り巻き連中に真っ先に仕事を割りふっていく。

 誰がどう見ても贔屓ひいきだ。

 でも、意を唱えようとは思わない。

 言ったところでどうにもならないと学習した。

 僕にできるのは、仕事を得るための努力をすることだけ。

 ——仕事をください。

 僕は木札を高々と掲げ、アピールする。

 チーロも必死に手を伸ばし、仕事をもらおうと奮闘ふんとうしていた。

 でも、ガイオは嘲笑あざわらうように僕やチーロを見るだけで仕事をくれない。


「朝の仕事はここまでだ。さっさと仕事に取りかかれ」

 ガイオの合図で仕事を得た孤児たちが動きだす。

 この場に居残っているのは、仕事のない孤児たち。

 誰もが肩を落とし、この世の終わりのような表情を浮かべている。

「ほら、おまえら。どっかへ行け」

 得意満面の顔をし、ガイオが手をひらひらと動かす。

 仕方ないとその場を立ち去ろうとしたところ、前方からダレッツォが歩いてきた。


「ガイオ」

 ダレッツォに呼ばれ、ガイオが背筋を伸ばした。

「はい、ダレッツォ修道士長さま」

「落ち葉集めの人員を増やしてください」

「えっ? なにか問題でもあったんですか?」

 ガイオが不思議そうな顔をしている。

「いいえ、特にありませんよ」

「だったら……」

「仕事のない孤児たちも加わったら、早く終わるでしょう」

「でも、そうなったらひとりあたりの報酬が減ってしまいます」

 ガイオが顔を歪めた。

「その代わりに餓死する孤児が減る、そういう風に考えられませんか?」

「えっ?」

「教会にいる孤児たちはみんな仲間。

 仕事を奪いあうのではなく、分けあえば全員が助かるかもしれません」

 言葉は丁寧だけど、有無を言わさない雰囲気をダレッツォから感じた。

 ガイオは黙って唇を噛んでいる。

「では、そのようにお願いします」

 ダレッツォはガイオの返事を待たず、歩いていった。


 ダレッツォの姿が見えなくなったところで、この場に残った孤児たちから歓声があがった。

 仕事をもらえる。

 いつもより多く食べられる。

 孤児たちは希望に溢れる表情を浮かべる一方、ガイオは顔を歪めていた。

「仕事の割りふりは俺に一任されているのに。なんで修道士長さまに口出しされないといけないんだよ」

 ガイオが怒りをぶちまけた。

「それに作業の担当は修道士長さまじゃなくて、修道士副長さまなのに」

 不満は止まらない。

 それをダレッツォに直接言う勇気はないから、こうしていなくなったいま言っている。

「教会で一番偉いのは修道士長さまだよ。だから、僕たちも落ち葉集めに行っていいよね?」

 恐る恐るチーロが尋ねた。

「はぁ?」

 ガイオはチーロを睨んだ。

「修道士長さまがみんなでやるようにって……」

 チーロは負けじと食いさがる。

「おまえ。最近、生意気だぞ」

 ガイオがチーロの前に立ちはだかった。

 チーロがかすかに震えている。

 それでも逃げようとしない。

 孤児たちのなかでも取りわけチーロは体が小さく、気も弱い。

 でも、誰よりも根性がある。

 こうと決めたら動く。

 だから以前、僕に加勢してガイオに対抗してくれた。

 

 僕はなにも言えない。

 でも、チーロを助ける。

 チーロに立ちはだかるガイオに対抗すべく、前に進みでた。

「なんだ、おまえ」

 言えないなら睨む。

 僕は必死にガイオを睨みつけた。

 決して目を逸らさない。

「ちっ」

 舌打ちをし、ガイオが僕から目を離した。

「修道士長さまの命令だ。仕方ない。全員で落ち葉集めをしろ」

 苦々しげな顔をし、ガイオが命令した。

「よかったね、レオ。さすが修道士長さま」

 チーロは屈託くったくのない笑顔を浮かべている。


「おい、おまえ。さっさと行け」

 ガイオがチーロに向かって言った。

「わかったよ」

 慌ててチーロが走っていく。

 それを目で追うガイオ。

 ふふんっと鼻で笑い、僕に視線を向けた。

「覚悟しろよ」

 小声でつぶやき、僕の横を走り抜けていった。


 ガイオの宣戦布告。

 なにか仕掛けてくる。

 それが僕だけに向けられるならいい。

 もし、チーロを巻きこんでしまったら?

 それだけは避けたい。

 僕はチーロが走っていった方向に背を向けた。

 別々に作業しよう。

 そうすれば、巻きこまれる可能性が減る。

 

 辺りに他の孤児がいない場所を探した。

 僕ひとりなら、ガイオがなにか仕掛けてきても他の誰も被害に遭わない。

 黙々と落ち葉を集めていく。

 ダレッツォの鶴の一声で仕事を得たけど、孤児全員分のホウキはない。

 あるのは自分の手だけ。

 両手いっぱいに落ち葉を持ち、一箇所に集めていく。

 ひたすらそれを繰りかえした。


「レオー」

 遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた。

 チーロだ。

「レオ、見つけた。どうして僕についてこなかったの?」

 不満げにチーロが言った。

 迷惑をかけたくないから。

 本音を伝える必要はないから、曖昧に笑ってやり過ごす。

「まぁ、いいか。それより、大変なんだよ」

 チーロが僕の手を取った。

「ガイオの取り巻きたちの会話を盗み聞きしちゃったんだ」

 僕は軽くうなずき、先をうながした。

「レオの邪魔をするつもりだよ。本当に悪いやつだよね」

 チーロが憤慨ふんがいしている。

 代わりにチーロが怒ってくれたせいか、僕は妙に冷静になれた。

 やはり仕掛けてくるか。

 予感はあった。

 だから、予想外でもなんでもない。

 問題はなにをしてくるか、だ。


「大丈夫。僕に任せて」

 チーロがぎゅっと僕の手を握ってくる。

「僕がレオを守るよ」

 チーロは手を放し、にっと笑った。

 だめだ。

 チーロではずる賢いガイオには敵わない。

 止めようとする前にチーロが駆けだした。

 僕はすぐさま追っていく。

 でも、チーロは驚くほど走るのが早く、とても追いつけない。

 あっという間に姿を見失ってしまった。


 チーロ、お願いだから戻ってきて。

 僕を助けなくていい。

 一緒にいて。

 チーロの身になにか起きるかもしれない。

 嫌な予感がした。

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