第20話 孤児の行方不明とその噂

 ホウキは何度も壊れた。

 即席だから仕方がない。

 それでも、壊れるたびに修理すれば立派に役目を果たしてくれる。

 僕はチーロと一緒になって落ち葉を集めた。


 いま、とても不思議な感情を抱いている。

 初めて味わう。

 高揚こうよう感。

 頭がすっきりとクリアな状態で、体が妙に軽く感じる。

 心が弾み、踊りだしたいほど楽しい。

 落ち葉集めをしているだけなのに……。


「レオ、楽しいね」

 チーロがホウキをゆっくりと動かしながら言った。

 ガイオに無理難題をふっかけられ、労働を押しつけられている。

 なのに楽しい?

 僕は首を傾げた。

「楽しいよ。だって、レオがすっごく頑張って考えてくれたホウキで一緒に掃除してるから」

 チーロの顔には一片の悲壮感ひそうかんもない。

 公園で遊ぶ子供のように無邪気だ。

 そんなチーロを見て、僕は不思議な感情の正体がわかった気がした。

 チーロという仲間ができたこと。

 追い詰められ、思考を巡らせて危機を脱した経験。

 誰かと一緒に共通の目的のために行動した。

 どれも初めて。

 異世界にやってきてからではなく、僕の人生で初めてとなる体験だ。

 楽しくて、嬉しくて、爽快感があって。

 病みつきになる。


「夕食までに落ち葉集めが終わったら、ガイオ、驚くだろうね」

 チーロが悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

『間違いなく驚くよ』

 僕は何度もうなずく。

「きっと悔しがるよ。どんな顔をするか楽しみだね」

 チーロが高揚している。

『うん、楽しみ』

「じゃあ、頑張って掃除を終えよう」

 チーロは張りきって落ち葉集めを続けた。


 僕とチーロが力を合わせた結果、予定より早く掃除を終えた。

 夕食まで時間がある。

 早く戻ってもガイオと顔を合わせるだけで、いいことはない。

 だから、チーロと木にもたれて時間を潰した。

「レオ、本当にありがとう」

 チーロが僕の手を握った。

 とても弱い力だったけど、チーロの誠意がしっかりと伝わってくる。

「あのね、受けとってほしいものがあるんだ」

 僕の手を離し、チーロは懐から手のひらにすっぽりとおさまるくらいの大きさの石を取りだした。

 楕円形で、表面が艶やかで鈍い光を放っている。

 なんだろうと手を伸ばす。

「これ、僕の宝物なんだ」

 チーロの言葉を耳にし、僕は手を引っこめた。

『貰えないよ』

 拒否の意図を伝えようと、必死に首を振った。

「感謝と友達になった印として持っていてほしいんだ」

 チーロは石をなおも差しだす。

『ダメだよ』

 僕は首を強く振り続ける。

「レオ、これからも一緒にいよう。教会から出るときも一緒」

『うん』

 僕もそうしたい。

「だから……」

 なおもチーロは説得しようとしているのを、僕は手で制した。

『一緒にいるなら、石はチーロが持っていても同じだよね』

 必死に思いを伝えようと身振り手振りを駆使くしした。

 最初は首を傾げていたチーロだったが、少しずつ意図が伝わっていく。

 最終的にぽんっと手を叩いた。

「いつも一緒なら、どっちが石を持っていも違わないってことだね」

『その通り』

「わかった。これは僕が持っている。だから、約束だよ。一緒にいようね」

 懇願するチーロの表情を目にし、うなずく一歩手前で僕は動きを止めた。


 チーロは嘘をつかないと僕は信じている。

 でも、真意はどちらにあるのか判断できない。

 友達でいることなのか。

 一緒にいることなのか。

 同じようでいて全然違うふたつのこと。

 

『僕と一緒にいたいのは、ガイオに対抗するため?』 

 チーロの本心が知りたくて身振り手振りで質問をぶつけた。

 素直にそうだと認めたとしても別になにも思わない。

 教会で生き残る。

 そのためにはガイオに対抗する仲間が必要だろうから。

 でも、それをひた隠して友達だからと言われたら少し傷つく。

 友達になろうという気持ちが一番じゃなくて、目的を達成する手段となるから。


「違うよ。あ、でも、全然違うこともないか」

 笑顔だったチーロが一転、憂いを含んだ表情になった。

 肯定でもなく否定でもない。

 予想外の返答だった。

 でも、チーロに嘘をついて僕を利用しようとする意思がないのだとわかってほっと一安心。


「レオは教会に来て間なしだから知らないだろうけど」

 そう前置きをし、チーロが神妙な面持ちをした。

 思いだして口にするのが苦痛なのか、言いだしては止まり、言葉に詰まっては黙りこむ。

 それでもチーロは頑張って語りだした。

「この教会ではね、昔からたくさんの孤児が行方不明になっているんだ」

 衝撃的な告白に僕は目を見開いた。

「行方不明になる孤児たちには共通点があるらしいんだ」

 チーロが一段、声を落とした。

 まるで怪談話を語るように恐ろしげな表情を浮かべている。

「仕事にありつけなない、満足に食事が与えられなくて弱々しい、いつもひとりで行動している」

 言葉を切り、チーロが唇を噛む。

 それって全部チーロに当てはまっている。

 僕もそうだ。

「きっと僕もいつか行方不明に……」

 途中で言葉を飲みこみ、チーロが力強く僕の手を握った。

「行方不明になった孤児たちが自分の意思で逃亡したのならいいけど、噂通りなら……」

『噂って?』

 好奇心に駆られ、身振り手振りで質問を試みる。

「噂を知りたいの?」

 チーロの問いに僕は激しくうなずく。

「僕も詳しくは知らないんだけど、この教会に来てすぐの頃、孤児が消えたんだ。ひとりじゃなく何人も」

 一旦、口を閉ざして小さくため息をつく。

「結局、誰ひとり孤児は見つからなくて……そのとき、ガイオたちが言ってたんだ」

 答えを急かすように僕はチーロの顔を覗きこんだ。

「支援金が足りないから、教会が口減らしのために孤児をこっそりさらって殺してるって」

 チーロの目が左右に走った。

 まさか、ありえない。

 僕はダレッツォの顔を思い浮かべた。

 暖かな雰囲気と慈悲深そうな笑み。

 お金が足りないからと孤児を殺すとは思えない。

 

 ひどい噂だ。

 そんなことは絶対にない。

 とはいえ、孤児が行方不明になったのは事実。

 なんらかの事件に巻きこまれたのではないか?

 その可能性はある。

 でも、一度ならそうかもしれないけど、何度もというのはおかしい。

 裏がある。

 きっとそうだ。

 それはなんだろう?

 思考が深まっていくさなか、突然腕をつかまれた。


「さらわれるのが怖くて、レオに一緒にいようって頼んだんじゃないよ」

 チーロが僕の腕に必死につかみながら訴えてくる。

「ひとりでいるのが嫌なんだったら、力の強いガイオに媚びるよ」

 チーロの言う通り、僕と一緒にいるよりガイオの取り巻きになったほうが安全だ。

 それでもガイオに逆らい続けている。

 きっとガイオが嫌いだから。

 一緒にいようと僕に頼むのは、おそらく……。

「レオとなら楽しく過ごせるし、協力できると思ったんだ」

 チーロはまっすぐな目で僕を見てくる。

 それに応えようと、僕は木札から一枚の単語を提示した。

 ——友達。

「そう、友達。僕はレオと友達になりたいし、一緒に過ごしたいんだ」

 チーロが弾けんばかりの笑顔で僕を見つめた。

『友達』

 僕はチーロに握手を求めた。

 それに応え、チーロが僕の手を握る。

 とても暖かくて力強いチーロの手を僕は目に焼きつけた。

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