第19話 意地悪に対抗する現代知識

 以前、チーロは僕の味方をしてくれた。

 だから、恩を返す。


 僕は意を決し、チーロに近づいた。

 力になれるとすれば、一緒に落ち葉集めをすることくらいだ。

 ふたりで力を合わせたとしても、日没までに終えるのは難しいだろう。

 それでも、かまわない。

 チーロと行動し、一緒にガイオからの屈辱くつじょくに耐える。

 それが僕にできる唯一のことだから。


「……レオ?」

 そろりと近づく僕にチーロが気づいた。

「どうしたの、こんなところで」

 チーロが笑顔で僕に言った。

 先ほどまでの苦痛や屈辱を微塵みじんも感じさせない表情と態度。

 チーロは誰よりも強い心を持っている。

 ガイオなんて敵じゃないほどに。

『手伝うよ』

 僕は腕まくりをしてみせた。

「手伝ってくれるって?」

 僕の意図に気づいてくれた。

「もしかして、ガイオたちとの会話を聞いていたの?」

『うん』

「そっか。だったら、わかるだろう。日没までに終わらないって」

 チーロは指定された場所を見渡しながら言った。

 広範囲に落ち葉がある。

 これを集めるのは相当時間が必要だ。

「ガイオって本当に意地悪だよね」

 チーロが仕方ないといった感じにつぶやく。


 終わらないとわかっていて命令するガイオ。

 チーロの言う通り、本当に意地悪だと思う。

 それと同時に僕は考えた。

 もし、日没までに落ち葉集めを終えたらどうなるだろうか、と。

 きっとガイオはくやしそうな顔をするだろう。

 そうなったら、おもしろい。

 これまでの屈辱を一気に晴らすチャンスだ。

 だめでもともと、挑戦してみよう。


 なにか方法はないだろうか?

 僕は頭をひねった。

 効率よく落ち葉を集める方法、それさえあれば……。

 視界の隅に朽ち果てた木が数本、古びた紐が飛びこできた。

 ひらめく。

 あれをこうすれば、もしかして……。

 無理かもしれないし、可能かもしれないし。

 頭で色々考えても答えは出ない。

 やろう。

 実際に行動してみないことにはわからない。


「だから、僕のことは放っておいて。手伝っても無駄骨になるだけだから」

 僕を気遣きづかってか、チーロが丁寧に断ってくる。

 どう考えてもひとりで、かつホウキなしでは無理だ。

 でも、ふたりなら?

 掃除道具があったら?

 僕はチーロの手を引っ張り、朽ち果てた木のそばまで連れていった。

「なに?」

『ホウキ』

 木札を使い、チーロに伝える。

「ホウキ? あればいいんだろうけど……」

『作る』

 木札にない文字は身振り手振りで伝える。

「ホウキを作るって? この木で?」

 チーロの言葉に僕はうなずき、適当な大きさの枝をかき集めた。

 それらを並べ、紐で縛っていく。

 針金がないので強度は期待できない。

 一方の方向からのみ力を入れることを想定し、太い木にくしじょうに小枝を固定していく。

「なんだか妙だね、このホウキ」

 教会で使っているホウキより横に長い形状のものを目にし、チーロが驚いている。

 高校時代に使っていた横長ホウキと熊手を合体させたようなホウキ。

 それこそ、僕が作ろうとしたもの。

 横に長ければ、一度にかき集められる落ち葉の数が増える。

 

 強度を確かめようと、完成したホウキを使って落ち葉を集めてみる。

「うわっ、すごい。一回ですごくたくさん集められる」

 チーロが感嘆かんたんの声をあげた。

 成果は上々。

 もうひとかきしてみる。

 すると、櫛状に縛った小枝が数本、変な方向に傾いた。

 やはり、力を入れるとすぐに壊れてしまう。

 頑丈な木材や針金があれば。

 どうしようもないとわかっているけど、思わずにはいられない。

 いま使えるのはこの辺りにある物だけ。

 枝に紐。

 これ以上の物資の調達は望めない。

 

 どうすればいい?

 壊れたホウキを見つめ、考える。

 使える材料が増えないのなら、知恵を絞るしかない。

 現代世界にいた頃にほとんど使ってこなかった頭をフル回転。

 ああでもない、こうでもないと思案する。


 どうして壊れてしまったんだろう。

 手始めに根本的な原因を考える。

 ホウキを動かす力が大きいから壊れてしまった。

 つまり、強度の問題。

 これに関しては根本的に解決できない。

 そもそも強度が弱いのだから。

 

 だったら、ホウキを使う人間側の強度を下げるのはどうだろうか。

 そろりそろりとれ物を扱うように弱い力でホウキを使う。

 それに加えて、ホウキ本体に枝を取りつける縛り方を改良する。

 一定方向の力にだけホウキを掃くことにして、強度を一点集中。

 とはいえ、いつかは壊れる。

 そうなったら、そのたびに修理。

 今日一日もてばいい。

 よし、それでいこう。


 チーロが興味深そうに見守るなか、僕はホウキを改良した。

 身振り手振りでチーロにホウキの動かし方を指導。

「ホウキを奥から手前、奥から手前って感じに動かせばいいんだよね?」

 チーロは僕の意図を察してくれた。

「うん、わかった。やってみる」 

 チーロはホウキを優しく持ち、ゆっくりと奥から手前と動かしていく。

 すると、取りつけた枝が落ち葉を引っ掛けて一箇所に集まる。

「やった」

 嬉しそうにチーロは微笑み、ホウキを別の場所に移して作業を続けた。

 どんどんと落ち葉が片づけられていく。

「これなら、日没までに終わるかもしれない」

 チーロが歓喜の声をあげた。

 かもしれない……。

『ううん、違う』

 僕は首を横の振った。

「えっ? これを使っても無理なの?」

 不安を通り越し、泣きそうな顔になっている。

『違うよ』

 僕はもう一度首を振り、チーロを見つめた。

『終わるかもしれないじゃなくて、きっとできる』

 思いを込め、笑顔を浮かべた。

 これで伝わるといいのだけど。

「絶対できるって?」

 最初は不安気だった表情が、徐々に希望に満ち溢れたものへと変わっていく。 

『できる』

 僕は拳を作り、掲げてみせた。

「うん、やろう!」

 チーロも同じポーズをした。

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