第18話 チーロの危機

「レオ、どうかしたのか?」

 チーロの姿を目で追っていると、ジェロが声をかけてきた。

『顔見知りの孤児の姿があったんだ』

 僕は身振り手振りで伝えようと頑張ったけど、ジェロは首を傾げている。

 まるで伝わっていない。

「孤児仲間を見つけたみたいだよ」

 いつも通りヴィヴィが僕の伝えたいことを察し、言葉にしてくれた。

『正解』

 僕はうなずいた。

「すごいな、ヴィヴィ。レオの言ってことがわかるのか?」

「手の動きとか、目を見てなんとなく」

 褒められたのが嬉しかったのか、ヴィヴィが照れくさそうに髪の毛をもてあそんでいる。

「そっか、教会で仲間ができたのか。よかった」

 ジェロが心底嬉しそうにしている。

 だから、否定するのをやめた。

 チーロは同じ孤児同士ではあるけど、仲間とは言えない。

「あたしたちのことはいいから、仲間のところに行ったら?」

 ヴィヴィの提案に僕は首を縦に振った。

 

 チーロを助けよう。

 僕はジェロとヴィヴィに助けられ、この世界でなんとか生きている。

 チーロもまた、僕を助けてくれた。

 だから、恩を返したい。

 具体的にどうやって?

 目の前にいるジェロとヴィヴィを見つめた。

 事情を伝えれば、チーロを助けるのを手伝ってくれるだろう。

 でも、ふたりは部外者。

 手を借りて今日は難を逃れたとしても、明日はどうなる?

 教会での生活は続く。

 僕とチーロでどうにかしなければ、根本的な解決にならない。

 そう、僕たちの力だけで。


『じゃあ、行くよ。またね』

 僕は手を振った。

「明日、試作品のパンを持ってくるよ」

「仲間によろしくな」

 ヴィヴィとジェロが手を振りかえしてくれた。


 ふたりと別れ、僕はガイオの姿を視界の中央にえた。

 両脇には取り巻き連中がいて、少し外れたところにチーロがいる。

 明らかに無理やりこの場に連れてこられた感じだ。

 なにをする気だろう。

 不安な気持ちを抱えながら様子を見ていると、ガイオたちに動きが出た。

 ガイオを先頭にチーロ、取り巻き連中が歩いていく。

 どこへ向かっているのかわからないけど、教会から遠ざかっているのは間違いない。

 僕は忍足で後を追った。

 どんどんと人気ひとけのない寂しい場所に向かっていっている。


 人の目のつかないところでなにかしでかす。

 そんな臭いがぷんぷんする。

 落ち葉集めの作業ではやってこない場所まで来たところで、ガイオが立ち止まった。

 くるりと振り返り、意味ありげににやりと微笑む。

 それが合図だったかのように、取り巻き連中が一斉に動いた。

 チーロを取り囲み、逃げられないよう完全包囲。

 囲まれたチーロは小刻みに体を震わせた。


「おい、チーロ」

 すごみを効かせた声でガイオがチーロをにらんだ。

 チーロは亀のように首をすくめ、ガイオを見ている。

「おまえ、なんであの薄汚いチビの味方をしたんだよ」

「……レオのこと?」

 弱々しい声でチーロが答える。

「そうだよ。あんな奴、どうせ生き残れないんだ。だから、仕事を与えるだけ無駄だろう」

 ガイオの言い分を聞きながら、僕は妙に納得した。

 確かに僕は他のどの孤児よりも体が小さくて弱い。

 だから、仕事をもらって少し多めの食事を与えられたところで、生き残る可能性は他の孤児より低い。

 それなら、生き残れる可能性の高い孤児に仕事を割り振ったほうが有効だとガイオは考えている。

 そう考えてガイオが僕に仕事を渡さないようにしているのなら、現実的だと思う。

 この世界は平和な世の中ではない、弱肉強食で容赦ようしゃない。

 でも……。


「無駄じゃないよ」

 チーロが言った。

「は? 生き残れない奴に食糧を与えるのは無駄だろう」

 すぐさまガイオが言い返す。

「生き残れるかどうか、やってみないとわからないと思う」

「なに言ってるんだ。どう考えたってあの体格じゃ無理だ」

「どうして、無理だって決めつけるの?」

 チーロの目に力が帯びている。

「どうしてもなにも、俺のような体の大きな奴しか生き残れないんだよ」

 チーロが反論してくると思ってもみなかったのか、ガイオは少しひるんでいる。

「ガイオが決めることじゃない」

「俺? 別に俺が決めたわけじゃない。これまでの孤児たちを見てきたからわかるんだよ」

「そんなの、やってみないとわからない。勝手にひとの人生を決めつけないでよ」

 チーロが叫んだ。

 ガイオはもちろん、取り巻き連中に僕、誰もが驚いた。

 弱々しいとばかり思っていたチーロが、果敢かかんにガイオに挑んでいる。


「だったら、やってみろよ」

 ガイオが胸を突きだし、チーロに迫る。

「な、なにを?」

 チーロが一歩後退した。

「ここからあそこまでの落ち葉を集めろ」

 ガイオが場所を指し示す。

 その区間は、孤児たちが数人がかりでやる落ち葉集めの面積よりも広い。

 それをチーロにやれと言っている。

「えっ?」

「日没までにやるんだ。あっ、掃除道具は使うな」

「そ、そんな」

 チーロが目を左右に走らせている。

 広い場所という条件だけでも無茶なのに、そのうえ掃除道具を使えないというおまけつき。

 無理難題だ。

 できないとわかっていて言っている。

 なんて意地悪なんだ。

「もしできたら、夕食の量を増やすよう手配してやる」

 ガイオがにやにやと笑っている。

「そ、そんな……」

「おまえ、さっき言ったよな。やってみないとわからないって。それを証明してみせろ」

 チーロの言い分を無視し、ガイオは抑えこむように言い放つ。

「そうだ、そうだ」

 取り巻き連中が援護射撃をし、ガイオを支持する。

 もうチーロは逃げられない。

 結果はどうあれ、進むしかない。

 チーロはいまにも泣きだしそうな顔をしている。

「じゃあ、頑張れよ」

 ガイオたちが笑いながら去っていった。


 怒りと罪悪感がのしかかってくる。

 意地悪をするガイオに対する怒り。

 多勢に無勢に恐れをなして、チーロを見守るしかなかった罪悪感。

 いまさら悔いても遅い。

 後の祭り。

 でも、これからでもできることはある。

 手助けしよう。

 この行為は罪悪感から逃れたいがための偽善ぎぜんかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 そうだとしてもやろう。

 いまこそ、チーロへの恩を返すんだ。

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